神を敬い、人に仕える(4代目学長 山田耕太)

2018年度前期 卒業式式辞[2018-09-19]

20180919前期卒業式

山田学長からの式辞

 

皆さん、敬和学園大学ご卒業おめでとうございます。ここに至るまでの道は、それぞれ異なると思いますが、努力の結果、敬和学園大学の卒業に至りました。おめでとうございます。本学を卒業した4,150人の卒業生の仲間の一人となりました。この夏は酷暑、集中豪雨、台風、地震とさまざまな災害がありました。しかし、大学周辺の田んぼも長雨で稲刈りができませんでしたが、稲穂は頭を垂れて刈り入れを待つばかりです。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉がありますが、知識が増せば増すほど、社会的地位が上がれば上がるほど謙虚でありたいです。

皆さんの中には、いろいろな事情で、他の学生より少し遅れて卒業するということに多少引け目を感じている人がいるかもしれません。それは少しも気にしなくてよいことです。平均寿命が男性80才、女性87才の時代に、1年や2年遅れても変わりがありません。私も大学は人より2年遅れて卒業しましたが、その2年間が現在の私をつくるのに不可欠であったと感じています。皆さんにとってもそう言える日が来るのではないかと思います。

皆さんは、この大学で一人ひとり活動内容は違いますが、この後で各種のディプロマ(終了証)をお渡ししますが、さまざまな活動を通して経験を豊かにして、多くのことを学んで成長されてきたと私は確信しています。それは今から振り返っても貴重な経験であると思います。しかし、数十年経って振り返りますと、それはあなたをつくった青春時代の掛け替えのない宝のような経験となると思います。

先ほど読んでいただきました詩編126編の作者の詩人は、故郷イスラエルから言葉も生活習慣も全く違う異国のバビロンに強制連行された経験を歌っています。外国での過酷な労働の日々の苦労と強制連行から解放されて故郷に帰る日の喜びを象徴的に歌っています。

   涙と共に種まく人は
   喜びの歌と共に刈り入れる。
   種の袋を背負い、泣きながら出ていった人は
   束ねた穂を背負い
   喜びの歌を歌いながら帰ってくる。

「涙と共に種まく人」「種の袋を背負い泣きながら出ていった人」に象徴されるように、皆さんは、日本での生活や大学での学び、さまざまな活動や人間関係の中で、最初はいろいろと悩み苦労することがあったと思います。しかし、「喜びと共に刈り入れる」「束ねた穂を背負い、喜びの歌を歌いながら帰ってくる人」に象徴されるように、苦労すれば苦労するほど、それがうまくいった時の達成感や充実感や喜びが大きい経験をしたと思います。

大学は仲間と共に学ぶ共同学習の場でもあり、自分で自分を教える自己学習の場でもあります。これから社会に出て職に就いたならば、特に自分の就いた職業に関して自己学習によって絶えず学び続けていくことを心掛けてください。生涯学習という言葉のとおり、一生学び続けていくことが求められる社会になっています。生涯学習で必要な情報収集・分析・発信・プレゼンテーションの基本は大学で身に付けたのです。

しかし、一つ気をつけてください。自分の言葉や行動を通して蒔いた種は、自分でその実を刈り取ることになるのです。すなわち、自己責任です。よい言葉やよい行いによってよい実を結んで、よい実を刈り取ることになり、悪い言葉や悪い行いによって悪い実を結んで、悪い実を刈り取ることになるのです(ガラテヤ書6:7-8)。パウロが「霊」と呼ぶ「よい実」は「愛、喜び、平和、寛容、親切」などを指しています。「肉」と呼ぶ「悪い実」は「姦淫、好色、ねたみ、怒り、争い」などを指しています(ガラテヤ書5:19-22)。すなわち、端的に言うと、これからの人生を愛によって生きるのか、欲望によって生きるのかが問われているのです。

いつでもどこでも「たゆまず善を行いましょう。飽きずに励んでいれば、時が来て、実を刈り入れることになるのです」(ガラテヤ書6:9)。これはアメリカの大統領の就任演説などでも引用される聖書の言葉です。ボランティア活動をする人の指針ともなっています。どんな職業に就いても、人に仕え、人にサービスすることを心掛けましょう。皆さん一人ひとりの生涯が神さまから祝福され、幸福な人生を送られることを心からお祈りいたします。

2018年9月19日
敬和学園大学長 山田耕太

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