学長室だより

神の名において

十戒には、偽証してはならない(「あなたが偽証するはずがない」の意)という戒めがある。偽証は人を欺き、無実の人を死に追いやる場合があった(列王記上21章8節~24節)。訴訟では物証よりも証言が重視されたが、偽証の可能性を古代の人々は熟知していた。証言する時に、神の名において誓約させたのはそのためである。その際、自己呪詛の言葉をもって誓約させ、証言させた。事実以外のことを口にするなら、その名にかけて誓った神から自分が呪われよと宣言し、証人は証言した。神の名において誓ったのである。
死刑に関わる裁判では、2人か3人による一致した証言がなければ有罪とならなかった(申命記17章6節~7節)。古代イスラエルでは、死刑は町の門での石打刑であったため、死刑が決まった場合、証言した者たちが最初に石を投げつけなければならなかった。他方、姦通罪は、証言でなく現行犯逮捕(現場を取り抑えること)が原則で、死刑であった(申命記22章22節)。
十戒には、神の名をみだりに唱えてはならないという戒めもある(申命記5章11節)。偽証の延長線上で、神の名において他人を呪うことを禁じたもの。魔術や呪術による殺人を禁じたのである(出エジプト記22章17節)。(鈴木 佳秀)