学長室だより

畏怖すべき師の重み

大声で叱られた経験はずしりと重いものでした。この先生の目が光っているところでいい加減な仕事はできない、と強く思わされたからです。「地震、雷、火事、親父」という諺を思い出しますが、安易な質問をした同級生を恨むことはしませんでしたし、連帯責任を負わされたという感覚もありませんでした。この経験がわたくしを変えたからです。何をするにも、どのような原稿を依頼されても、どのような話を頼まれても、骨身を惜しまず手を抜かず、という姿勢をたたき込まれたからです。大切な思い出として、それを今でも感謝しています。自分の天職は何かを考え、自分の道を探し求めている途上で、生きることの厳しさを教えられたのです。関根正雄先生との出会いが、彼の著書を読んだ段階で受けた感銘の次元を遥かに超えることになるとは、思ってもみませんでした。最後のゼミが終わったとき「対論をレポートにして提出しなさい」と優しく言われたのです。しかも「自分はこれまで博士課程の院生にこのような課題を求めたことはなかったが」と言葉を継がれたのです。
研究者の道を歩むことなど全く考えていなかった自分でしたし、「対論」を考えるよりも、どのようなレポートを執筆するかで悩むことになったのです。いいかげんなレポートでは、先生に面会することすらできないと感じました。欧米の学説史をまとめただけのレポートなら、一年間、あなたは何をやってきたのかと問われることは必定でした。眠れない日が続いたのです。(鈴木 佳秀)