チャペルのひびき
見えないものに目を注いで生きること
ゴールデンウィーク前の4月24日のチャペル・アワーでは、本学との関わりの深い日本基督教団東中通教会の片岡賢蔵先生が、ルカ福音書に記されたイエスがシモン・ペテロを弟子にする際のエピソードをもとに、自分の思い込み(自分を神とする罪)から解き放たれ、まるっきり新たな世界へと導きだされてゆくことがイエスとの出会いにおいて起こることを教えてくださいました。それはまた、偏見や思い込みから解き放たれてゆく本学のリベラルアーツの学びに深く通ずることであることを知ることがゆるされました(片岡先生は後期から「コンテンツプロデュース論」の授業を担当してくださいますので、どうぞ楽しみにしていてください。)引き続き持たれたアッセンブリ・アワーにおいては、本年度より特任教授として着任された北川博司先生が、ご自身の歩んでこられた道をご紹介くださりながら、またご自身の学問的アプローチとしての「感情史」に触れられつつ、人が人として生きるうえで本当に大切なことをお伝えくださいました。目に見えること(結果)に重きを置く世間の風潮に抗して、目に見えぬことに目を注いて生きることにこそ、人生の本当の意味が隠されている。それは目に見えぬ神の愛へと心を高く上げることであるとともに、目に見えぬ形で苦しんでいる人々の声にならぬ声に耳を澄まし、手を差し伸べ、絆を結んでゆくこと。そしてその二つは不可分であることを、先生はお教えてくださったように思います。お二人の先生を本学にお迎えできたことの幸いを感じずにはおられぬ、恵みに満ちた時間となりました。
(下田尾 治郎)
Ⅰ.チャペル・アワー
説教 「沖へ漕ぎ出そう」 日本基督教団東中通教会牧師 片岡 賢蔵 先生

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講演 「見えないものに目を注ぐ」 人文学部特任教授 北川 博司 先生

<参加学生の感想>
感想1)片岡賢蔵先生のお話を聞いて、宗教の人の信じる力というものは本当にすごいことだと思いました。聖書が現代まで伝わり2000年の時を経ても信仰され、多くの人を救ってこられたのだと思います。キリストの教えは人の中にある固定概念を覆し、そして一人では導き出せなかったことを教え、漁師という一つのことだけをやってきた男性に新しい道を示し、彼の世界を広げて下さった。敬和学園大学のリベラルアーツは横断的に自分の意志で学問を学び自分の世界を広げられる。固定概念にとらわれずこの4年間の学びを深めていきたいです。
感想2)イエスの逸話は私の知る限り、どこか抽象的な表現に難解なメッセージ性を含んだ理解しにくいものであるといった印象があった。故に今の今まで能動的に踏み込んで学ぼうと考えたことなどなかったのである。冒頭の先生の話はまさに目から鱗であった。ペトロの発言は、イエスの思う人間の美学のようなものに合致しているように感じ取れた。北川先生の「思い通り」という語には、何か幾重にも積み重なった意味合いが含まれているように感じる。「湖畔の声」に書かれたそれぞれの文章の引用の持つ清純さ、後半部の社会問題、このコントラストこそ北川先生の真に伝えたいイエスの教えの本質であり、現代社会への警鐘なのではないかと私は思う。各所で起きている問題には、それぞれ背景があり、何かしらの理由が付随しているものであるから、その暗部を深く掘り下げてゆく経験こそ多様なリベラルアーツへ直結する行為なのではないかと思う。







