チャペルのひびき

闇の中に灯された光

チャペル・アワーは、藤野豊先生(国際文化学科教授)が「水平社が求めた荊冠のイエス~全国水平社創立100周年を前にして~」とのタイトルのもとでお話しくださいました。人間の尊厳と平等を求めて、部落差別解放のために立ち上がった方々の心の中には、人々を分け隔てなく愛された主イエスの姿が刻まれていたとのことを知ることがゆるされました。藤野先生のお話を承けるかたちで、アッセンブリアワーにおいては、新発田市の人権啓発課の課長、佐久間康さんが、新発田市の人権課題、そして啓発活動について、ご紹介くださいました。12月17日は、クリスマスの燭火礼拝として予定されていましたが、荒天のために、オンライン配信のかたちで行いました。それでも、ヨハネとルカの福音書を通して、クリスマスの意義について思いをはせることのできたことは幸いでした。闇の中に灯された光としてのイエス・キリストの到来は、神さまから、この世界に、また私たち一人ひとりに与えられた「YES」のメッセージであること。クリスマスの季節は、その「YES」の光を受け止めつつ、一人ひとりが自らの心を見つめ直し、敵意、偏見、無関心等によって心の外に置いてしまった人々を、心の内に置き直す時であることを覚えました。(下田尾 治郎)

Ⅰ.チャペル・アワー 
説教 「水平社が求めた荊冠のイエス~全国水平社創立100周年を前にして~」 教授 藤野豊 先生

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講話 「新発田市の人権課題・啓発活動について」 新発田市人権啓発課課長 佐久間康 先生

<参加学生の感想>
感想1) クリスマスは、心の外に置かれてしまった人々をもう一度心の中に置き直し、平和を歩み出す季節であるという言葉が心に残りました。他者や自分について深く向き合い、それらを肯定する気持ちを持つことで光が生まれる、そして明るい未来を目指し一歩踏み出すことができる。心を見つめ直すことは自分や他者を深く知るため、また新たな気持ちで行動するために大切なことであると思います。しかし、心と真摯に向き合うからこそ見失っていた大切な気持ちや考えに気づくことができるのだと感じました。クリスマスが多くの人が自分の心と向き合う日として、また世界中の人の心が愛する気持ちによってつながる日になったらよいなと思いました。
感想2) 今日のチャペル・アッセンブリ・アワーはオンラインになってしまって、皆さまの前でクリスマスの讃美の歌が歌えないことは少しショックではありました。しかし、下田尾先生のお話がとても心に残りました。お話の中で、「キリスト教学」で学んだようにイエスさまのお言葉はたくさんの人々のことを見ていて語りかけていることや、イエスさまの存在の大きさや偉大さに改めて気づかされました。また、「キリスト教音楽」の講義で、歌の歌詞にも「主イエスを離れてただ一人でどうして私は生きられるか」という部分があり、イエスと民はお互いに支え合っていてどちらか一方が強すぎることのない関係性だと感じました。
感想3) いつもならクリスマスプレゼントをもらったり、ごちそうを家族と囲むだけであった。しかし、今年は敬和学園大学に入学して、いつもとは少し異なる視点でクリスマスを見ることができた。クリスマスはただ楽しいイベントという認識であったが、宗教や歴史的な点から見るとクリスマスには長い歴史や奥深さがあることが分かった。今日のクリスマス礼拝は、最初のロウソクに火を灯すところから特別感を感じることができ、胸がワクワクした。讃美歌を歌ったり、祈りをささげるなどの普段のチャペル・アッセンブリ・アワーでも行っていることも、胸がより一層踊るような感じがした。直接、教室で参加することができなかったのが残念だ。最後に、サンタクロースがプレゼントを贈るように、その人のために何ができるかを考えて行動を起こすことを大切にしていきたい。また、クリスマスという日の奥深さを多くの人に知ってもらいたい。