チャペルのひびき
日本基督教団教務教師任職式
5/30(金)のチャペルにおいて、宗教部長の就任式が無事に執り行われましたことは感謝です。神の前で、改めて、大学の牧師として立つことの志を新たにされました。その後に開かれたアセンブリーアワーにおいては、日比野音楽療法研究所の方々が、美しいスライドに合わせて、素晴らしい音楽をご披露くださいました。極上の癒しの時というべきものでありました。しかし、それらの音楽のもたらす癒しは、日々の慌ただしさを忘れてくれる清涼剤といった域にとどまらず、死という厳しい現実のただ中にも命の輝きをもたらす神の愛によるまことの癒しであることは忘れてはならないでしょう。(下田尾 治郎)
Ⅰ.チャペル・アワー
日本基督教団教務教師任職式
説教 「 わたしの羊を飼いなさい 」 日本基督教団 関東教区 副議長 熊江 秀一 先生
Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講話 「 天上の音楽 」 日比野 則彦 先生
〈参加学生の感想〉
感想1)「天上の音楽」は、生と死について、命について話をしてくれました。私が思う死は、自分自身が死ぬことではなく周りにいる人々が、私の存在を忘れた時だと思います。人間は、一人では生きていけない動物で、両親や先生、友達など様々な人々が、私という存在を支えてくれ、またその人々の記憶にも私という存在が残っていると思います。つまり、それが、私が人生という荒海を生きていた証だと考えています。
感想2)日本基督教団教務教師任職式に初めて参加したので、とても新鮮だった。「良い羊飼いは命を捨てる」という言葉は、とても覚悟のある人物にしかできない行動だと思った。1匹の迷った羊のためにほかの羊を置いて、命がけで探しに行くというのは、時間も体力も倍かかるし、とても簡単なことではないと思う。
感想3)日比野先生の話で、アメリカで音楽をつかって治療をしている病院があると聞いて、音楽はそんなこともできるのかと驚いた。自分も好きな音楽を聴いて、元気が出ることはありますが、病気の治療にも使われるとは音楽にはそれほどの可能性があるのですね。実際に天上の音楽を聞いてこんなにも癒される音楽があるのかと感動しました。
感想4)日比野先生の音楽を聞いて、心の中に染みわたってきた。さらに先生は、人間は「いつかは終わりが来る」と話された。私は、日々の生活の中で「死」ということをあまり深く考えたことがなく、いつも簡単に考えていた。しかし、それは私が日々の生活を送るうえで満たされているからだと分かった。「命」の意味・大切さがわかる人は誰に対しても思いやりの心をもって、接していると思う。だからこそ私は、日々の生活からもう少し「命について」や「命の有難さ」についてもう少し深く考えてみようと思う。