木を育てるように(2代目学長 新井明)

2003年8月15日号[2003-08-15]

むかしアメリカでいっしょに学んだことのある韓国人の男が、あるとき東京に来た。ホテルから連絡があって、いっしょにメシでも食おうや、ということになった。韓国へいちじ里帰りしていたが、これからまたアメリカヘ戻るのだという。アメリカの何とかいう大学の教師になっているらしい。ところで、昨日は奈良へ行ってきた、というので、奈良のどこか、と尋ねると、飛鳥(あすか)だという。そこでわたしは、きみは飛鳥を歩いていると、なにか懐かしい!という気持ち、故郷に帰ったというに似た感じに襲われないか、と尋ねてみた。彼はじっとこちらの顔を見入ってから、じつはそのとおりなんだ、と答えた。そこでわたしは言った-わたしはあそこへ行くと、日本の風景の原点に帰った、というような感じがする。いや、ときによると、何かエグゾチックな感じさえするんだ、と説明した。さらに続けて、わたしは、韓国の文化があそこを切り開いたのだものね、と加えた。ただ、わたしのこの友人は、「そのとおりだよ」とは言わなかった。敬和の庭の槿(むくげ)の小枝が、これから花をつけようとしている。(新井 明)

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