学長室だより
2006年度卒業式式辞(新井明学長)

式辞を述べる新井学長
暖冬といわれた冬も、3月に入りましてからは、厳冬を思わせる日が続きました。本日、皆さんを送り出す今朝は雪でした。それでも、やっと春という言葉が当てはまる季節の香りを感じます。
今日はここに第13回の卒業式を催し、133名の諸君を送り出すことのできる日となりました。諸君の卒業を祝して、ここにご来賓の皆さま方がお越しくださり、また保護者の皆さん多数がご参集くださいまして、若い世代の門出を、共に祝うことのできますことを、心から嬉しく思います。
あなた方の顔を見ていまして思い出すのは、4年前のことです。あなた方が入学する、その2週間ほどまえの3月20日の卒業式のことです。前日の19日に、アメリカのイラク攻撃が開始されたのでした。20日の卒業式の中で、当時の学長・北垣宗治先生は言われました。易しい言葉だから、覚えておきなさい、とおっしゃって、“Be still, and know that I am God.” 「力を捨てよ、知れ/わたしこそ神。」これは旧約聖書の「詩篇」第46篇10節の言葉です。式の後の、帰りの車の中で、私は北垣さんに、我々の世代だと、「汝等しづまりて、我の神たるを知れ」と覚えているところですよね、と申し上げて、ふたりで微笑んだのでした。同時に私が思い出していましたのは、エジプト脱出のおりに、モーセが人々を励ました言葉です――「ヱホバ汝等のために戦ひたまはん。汝等は静まりて居るべし」(「出エジプト記」14章14節)。エジプト脱出の際の苦難の時に、モーセはこう言って、同胞を励ましたのです。
あなた方はよき時に敬和での4年を過ごしました。それはイラク戦争の4年であり、「力を捨てよ、知れ/わたしこそ神」という言葉を、世界史が学んだ4年でした。そして今、このでたらめな「力」を、どうしたら格好よく引き上げることができるものか、その理屈と方策をアメリカを中心とする各国が模索する「時」が来ている。つまり、日本を含めた多くの国々に謙虚な反省が求められている「時」が来ているのであります。「力を捨てよ、知れ/わたしこそ神」という言葉の意味の重さを知るべきであります。
皆さんはこの時代に、この学園で、4年を過ごしました。しかし、産業界の尖兵として効率よく働ける機械のごとき人間になるような教育は受けませんでした。そうではなく、「人間らしい心を備えた人間になる教育」を受けた。7.13水害の時に、三条市その他の地に出向いて、苦しむ方々のために尽くした諸君もいることでしょう。また各地の施設で日を過ごし、不自由な方々のために力を出した思い出を持つ諸君もいることでしょう。「神に仕え、人に仕える」ことのできる人格を基本的に形成できたこの4年であったと思います。その姿を大切にして、これから実社会に出ていっていただきたい。
あなた方が入学記念として植えてくれたあの一本のユリノキは、だいぶ育ちました。2.3年のうちには、いよいよユリを思わせる白い花を枝につける時が来ると思います。その時の来るのが待たれます。木は育ちます。木が育つように、あなた方も育っていっていただきたいのです。私たち学園を守る者たちは、その木の育ちを見守りつつ、あなた方のことを思い出すことといたします。
今日はこれから皆さんの卒業を祝う「ハレルヤ」のコーラスがあります。後輩たちと、それから一般市民の皆さんで構成されるKeiwa Choirです。石川美佐子先生のご指導によります。一般市民の皆さんも、今日の門出を祝っていてくださっていることを、よく心にとどめておいてほしいのです。
ここで出会った先生方、職員方、友人たちは、また市民・町民の皆さんは、あなた方のご両親、兄弟姉妹に劣らず、あなた方の生涯の貴い財産です。あなた方を囲む多くの、いわば「友」の絆を忘れずに、今日ここを去っていっていただきたいのです。これで、私の送別の辞を終えます。
2007年3月20日
敬和学園大学長 新井明







