学長室だより
アブラハムに下された神の命令
初子については、独り子イサクを焼き尽くす献げ物として献げよと神がアブラハムに命じたドラマを避けて通ることはできません。常軌を逸した命令であることは明らかです(創世記22章2節)。人の初子は、犠牲として献げず、身代わりをもって贖(あがな)うことが伝統でした。それを無視した上で、神は何をアブラハムに求めたのでしょうか。
アブラハムは黙ってこの命令に従い、示されたモリアの山を目指し、翌朝イサクに薪を背負わせて旅立ちました(3節)。これはアブラハムの信仰を根底から問うドラマだと言われていますが、キルケゴールは『おそれとおののき』の中でこのドラマを取り上げ、アブラハムの旅に随行しようと試みています。彼も理解できなかったからです。この情景は、ソドムを滅ぼそうとする神に、アブラハムが神としての正義を問いただした場面(創世記18章16節~33節)と呼応しています。問いかける立場が入れ替わり、神に従うのかどうかを彼が問われています。
贖いの犠牲を用意しないままイサクを屠(ほふ)ろうとしたアブラハムを、神は止めています。真に神を畏(おそ)れる者であることを知ったと彼に語り、身代わりの雄羊を神が用意したというのです。(鈴木 佳秀)