学長室だより

謎解きは終わらない

写経までして紆余曲折を重ねた末に、謎をほぼ解明できたと確信を持ったところで、論文の執筆を開始しました。電動タイプライターの前に座り、一日10時間近い時間を費やして打ち続けました。家族には迷惑であったかもしれませんが、子供たちは小学校に通っていたので、その時間帯が仕事の時間になったのです。タイプライターを部屋の隅に移して、夜は音が大きくならないよう注意しながら打ち続けました。自分の英文のままでは提出できないので、ユダヤ系アメリカ人の友人に仕上がった論文を見てもらい、スタイルを点検してもらったのです。有償で。赤い書き込みが随所にあり、文章が訂正されていました。読んでみると、より平明にわかりやすい表現になっていたので、身構えた文章でなくてもいいのだと納得したのです。気に入った英文を書く研究者のスタイルをまねて執筆していたのですが、中学以来の英作文が役に立ったのです。英語が嫌いであったわたくしにとって、なぜアメリカにまで来て、何のためにこのような苦労をして謎解きなんかやっているのだ、という思いがあったことは事実です。苦労を重ねた結果、見えてきた素晴らしい世界があったのです。博士論文の最終口頭試問は三時間かかりました。わたくしの説明に満足しないアメリカ人教師たちは、英語の聖書しか読んでいないので、わたくしの問題意識そのものがよく分からなかったのでしょう。「イスラエルよ聞け。われわれの神ヤハウェは唯一なるヤハウェである。あなたはあなたの心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神ヤハウェを愛さなければならない」という申命記六章四節の実例をあげて、文体をめぐる論争をしました。説き伏せたと言える結果でした。最後は、おめでとうと祝っていただきました。(鈴木 佳秀)