学長室だより
出会いの不思議さを改めて思う
十科目の試験のため読んだ文献の数々を、後に新潟大学教養部での講義で使うことになるとは予想もしていませんでした。学部時代に学べなかった分をクレアモントで取り返すことができた気持ちでしたが、宗教学のために読んだエリアーデの文献は、講義や演習で取り上げるに至ります。新潟大学大学院での担当を命じられるようになると、ヴェーバーの宗教社会学やヘーゲルの宗教哲学等も取り上げました。無駄になったものは何ひとつありません。それも出会いの不思議さのひとつです。
二年次になった段階で、クニーリム先生の元にいたPh.D.コースの学生は7名に減っていました。試験を突破できなかったアメリカ人学生たちは、再挑戦の機会を残し大学院を離れたからです。ストレートで二年次生になれたのは、わたくしひとりでした。クニーリム先生のメンツを潰すことなく、試験を通過できたことは感謝でした。二年次に執筆した四つの論文は、帰国後、すべて英文論文として学会誌に発表することができたのです。苦労は必ず報われると教えられたような気がします。
課程の最後の資格試験を突破するため、指導教授三名との論争が必要でした。四つの論文を土台に、決められた主題で行われたこの論争も、休憩をはさんで3時間30分ほどかかりました。昼食にステーキを食べ、口が滑らかになるようにワインを一杯引っかけてから出陣したのです。Ph.D.のCandidateになり、こうして嵐のような三年が過ぎ去りました。イランの首都テヘランで、アメリカ大使館占拠事件が発生し、アメリカ国内にいる留学生への視線が厳しくなったのが、この頃でした。この事件を通して、世界の現実を知らされることになります。(鈴木 佳秀)