学長室だより
恩師から与えられた薫陶
どきどきしながら呼び鈴を押した感覚は今でも覚えています。何かが始まる予感がありました。書斎に通されてご挨拶を申し上げたのですが、教室と違ってにこやかに接して下さったのでびっくりしました。どんな問題に関心があるのかと問われたので、M・ヴェーバー『古代ユダヤ教』を読み解く形で修士論文を書いたので、古代イスラエルにおける宗教伝統の相違について関心がありますと答えたところ、最近ドイツからエロヒム資料〔モーセ五書を形成する四つの資料層の一つ〕研究で、エリヤ伝承に関する最先端の研究書が出たので、やってみてはどうかと言われました。最先端のことなど考えたこともなかったのですぐに答えられないでいると、取り組む気持ちが生まれたなら課題にしなさいと言われました。
書棚にある写真に目がとまったので、どなたですかとお尋ねすると、これがアルブレヒト・アルトだと言うのです。アルトの論文集全3巻を購入し、古代イスラエル法に関する論文をノートに取って読んでいましたが、彼の学問がいかに厳密で、繰り返し聖書テキストをなめるように読んでから論文を書いた人だと紹介してくれました。その時、先生が嘆息して言われた言葉を今でも覚えています。「最近の日本人研究者は、ドイツ語の注解書や研究書を読んでから聖書本文を読むという人が多いが、それは逆でなければならない。そこを間違うと、独創的な研究は生まれない。欧米の猿まねしか生まれない」と言われたのです。(鈴木 佳秀)