チャペルのひびき

正しさのゆえに取り逃してしまうもの

チャペル・アワーは、ルカ福音書に記された「放蕩の息子」のたとえを、山﨑ハコネ先生(共生社会学科長)が説き明かしてくださいました。主イエスの語られたそのたとえ話の中で、父親の財産を生前贈与してもらった一人の息子は、それを元手に一旗あげようと旅立ちます。けれども、彼は、せっかく分けてもらった財産を散在し、次第に身を落としてゆきます。自らの過ちに気づいた息子は、父のもとに使用人の一人として戻ろうと決意します。しかし、帰ってくる息子を遠くから認めた父は、駆け寄り抱きしめるだけでなく、盛大な祝宴を開いてあげるのです。そのことを面白く思わなかったのは、兄息子でした。納得がいかない兄に対して、父は、失われていた弟の帰還がどれほどの喜びであるかを伝えると共に、兄自身にも与えられていた恵みを思い起こさせるのです。兄は、行いの正しさにこだわるあまりに、罪びとに注がれる神の愛の深さを、また、自分自身もその愛の恵みの中に常に包まれていたことを忘れてしまっていたのです。山﨑先生を通して、自らの正しさに固執するあまりに、大事なものを取り逃してしまう私たち自身について教えていただいたように思います。アッセンブリ・アワーでは、宮下尚之先生(敬和学園大学後援会長)が、若き日に滞在したアフリカのケニア共和国について詳しくご紹介くださいました。地理、風土、生息する動物たち、国旗に表わされた国の成り立ち、またご自身の学ばれた語学学校やそこでの交流について、知ることができ幸いでした。志と夢、そしてほんの少しの冒険心さえあれば、誰にでも新しい世界の扉は開かれるのだということを覚えることができました。(下田尾 治郎)

Ⅰ.チャペル・アワー 
説教 「ふたりの息子」 教授 山﨑ハコネ 先生

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講話 「異文化に触れる・23歳のアフリカ体験記」 敬和学園大学後援会会長 宮下尚之 先生

<参加学生の感想>
感想1) チャペル・アワーで取り上げられた聖書箇所について、私は以前それまでがんばっていた兄がかわいそうだと思っていました。怠けず一生懸命ずっと働いてきた人がそれまで怠けていた人より酷い扱いを受けているように感じで酷い話だと考えていました。しかし、父は弟だけをひいきしていたのではなかったのだと今回のお話で分かりました。兄はそれまで父に与えられていた財産を忘れてしまっているだけなのだと知りました。与えられた愛を忘れることのないようにしたいなと思いました。
感想2) 宮下先生のアフリカに行った際の異文化に触れた経験について、いろいろと知ることができました。特に宮下先生が訪れたケニアのスワヒリ語学院の話はとても大事であると感じました。新聞記者であったスワヒリ語学院を築き上げた星野さんという方は、アフリカを訪れた際にさまざまな異国の文化に触れたことによって大きな刺激を受け、スワヒリ語学院を立ち上げ、日本とアフリカをつなげる懸け橋のようなものを築き上げ、交友関係をつくっていったと聞いた。やはり日本にとどまっていては、多様な価値観に触れることに限りが出てくると感じる。しかし、星野さんや宮下先生のように、自分の考えだけを大事にしていくのではなく、他者の価値観や意見にも耳を傾ける、しかも異国の価値観などを肌で感じることにはとても意義があるのだと今回のお話を聞いて理解できた。私自身これからも自分の意見や価値観ばかりを主張するのではなく、相手の意見に真摯に向き合い、さまざまな人の考えを取り入れ、他者と共生していけるような人間になりたいと感じた。