チャペルのひびき
真の人格の育まれるところ
先週のCHAの説教は、本学もその一部である学校法人敬和学園の理事長、榎本榮次先生がご担当くださいました。牧師へと導かれることになった若き日々の、またその後の牧師、教師をなさっておられる時に出会った若人たちとのエピソードの数々を通して、いかにして人は人格的に成長するのかについて、力強きメッセージをお伝えくださいました。人格は、正しきことばかりの世界では培われることはない。そうではなく、正しきことと、悪しきこと(罪深きこと)の狭間においてこそ、成長すると先生はおっしゃられました。正しきこと、立派なことばかりに目を向けていては人間的な成長は起こり得ない。むしろ、自らの弱さや情けなさや罪深さを直視しつつ、そのような自分になおもて語り掛けてくださる方へと、心を上げることにおいて、真の人格は育まれるのだと言い換えてもよいかもしれません。聖書が教えてくれる大事なことの一つも、そのことだと思います。アブラハム、ダビデ、ペテロといった聖書に登場してくる人々も、罪と敗れと汚辱に満ちたできごとを通して、そこから神により育てられていった人々でした。榎本先生は、この5月をもって、敬和学園の理事長職よりお退きになられます。長きにわたる尊きお働きに心より感謝申し上げます。(下田尾 治郎)
Ⅰ.チャペル・アワー
説教 「人格の育つところ」 学校法人敬和学園 理事長 榎本 榮次 先生

<参加学生の感想>
感想1) 榎本先生の説教を受けて「自分の嫌なこと、悪い面、罪」の十字架を背負って人生を歩んでいくことで人間としての深みが増し、人の“いたみ”を理解できる慈悲の心が育っていくんだなと気づきました。また、人は正しいことに向かおうとするため、悪いことを隠しがちだけれど、“正しいこと”と“悪いこと”との間で悩むからこそ人間の人格は育っていくという真理を初めて知りました。そこで自分のこれまでの人生を見つめ直してみると、確かに正しいことに向かおうと自分の悪いことに向き合いながらもがいていたときが一番自分の人格が育っていたなと気づき、より理解が深まりました。
感想2) 今回の授業で十字架について学び、その深い意味に感動した!十字架はただのシンボルではなく、キリストが人々の罪を背負って命をささげた愛と犠牲の象徴だと知った。苦しみだけでなく、救いと希望の意味もあることに驚き、信頼とは何か?を改めて考えるきっかけになった。人格は、日々の経験や人とのかかわりを通して少しずつ形成されていくものだと感じた。よい行いを積み重ねて、他者と向き合いながら学び続けることが大切だと思う。










