チャペルのひびき
神さまが共にいてくださることの幸い
先週のチャペルの説教を担当くださったのは、金子智先生(日本基督教団・中条教会牧師)でした。先生のご一族は、代々キリスト者のご家系。ご自身も幼少より、教会にて、神さまの愛を知らされながらお育ちになられました。少年時代、お祖父さまの急病の際、遠くにおられたお父さまを迎えに自転車を走らせたことがあったそうです。先生は、「こどもさんびか」を大声で口ずさみながらペダルを踏み続けられたとのこと。そのおかげもあって、心細さを感じることなく大役を果たすことができたのでした。この時のことは先生にとって、神さまが共にいてくださることの原体験といってもよいできごとでした。そのことの幸いは、現在、こども園の園長としての幼子との日々の触れ合いを通しても実感することだそうです。神さまが共にいてくださるがゆえに、試練やかんなんに繰り返し見舞われるようなことがあっても、自らの人生に対して根源的ともいうべき信頼を抱き得る。このことこそ、キリスト教教育において伝えられるべき肝要事であることを心に留めることがゆるされました。アッセンブリ・アワーは、ロサ・オムラティグ先生(英語文化コミュニケーション学科准教授)のご担当。先生は、故国アイルランドの守護聖人、聖パトリックの生涯をご紹介くださった後、アイルランドの歴史について、とりわけ、食糧飢饉等の過酷な状況ゆえに、19世紀、多くのアイルランドの人々が世界中に移り住んでいったことを教えてくださいました。その際、彼(女)たちに対するアメリカ合衆国の受け入れ方策を、現代においても妥当するモデルとしてお示しになられました。それは、平等の権利を保障する公正な社会制度を整備しつつ、他民族との融合と共生に努めてゆくこと。人口激減に直面する日本にとって、将来的に、世界から多くの方々を迎え入れてゆくことは不可避なことでしょう。その際のよき指針をご提示くださったように思います。(下田尾 治郎)
Ⅰ.チャペル・アワー
説教 「あなた方は地の塩、世の光である」 日本基督教団中条教会 牧師 金子智 先生

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講話 「聖パトリックの意義」 准教授 ロサ・オムラティグ 先生

<参加学生の感想>
感想1) イエスは私たちに地の塩になれ、世の光になれ、と言ったのではなく、元より私たちは地の塩、世の光であり、いつでも神とつながっているのだと伝えていたのだとわかりました。時には自信をなくし、自分は社会の役に立たないと思ってしまうけれども、自分も地の塩、世の光であり、神は共にいてくれるのだと思えば、前を向く力を得られると思いました。アッセンブリ・アワーでは、聖パトリックのお話を通して、社会の問題や課題について考えることができました。移民は最近のできごとではなく、昔から長く続く歴史の流れであり、どの国も避けて通れないことであると分かりました。国際化を目指す中、言語や文化などの壁は大きいと考えていたけれども、互いに寄り添い合えれば、それほど大きな問題とはならないのだと思いました。
感想2) 「神の存在を疑ったことはあるか?」と聞かれたら、私は「ある」と答えると思います。厳密に言えば、神の存在の有無について真剣に考えたことがないのかもしれません。しかし、金子先生の「暗闇を自転車で走る時、神の存在を信じることが恐怖を薄れさせた」という話を聞いた際、信じる人の元には確かに共におられるのだろうと感じました。キリスト教や国際社会について学ぶ中で、特定の信仰を持っている人々の方が多いことを実感しています。それこそ、生まれた時から共にあり、普段から無意識下に信じているものがあるのだと思います。今日のチャペル・アワーを聞いて、改めて自分の価値観だけで考えないようにしようと感じました。また、アッセンブリ・アワーでは聖パトリックについての詳細を初めて知ることができました。それに関連して、移民の話題について考えさせられました。近年は「移民」というワードを耳にすることも増え、今後はより向き合っていく必要のあるテーマだと思います。私たちと同じように彼らにもそれぞれの文化的背景があるので、融合が難しい問題ですが、私も私なりに考えてみようと思いました。






