チャペルのひびき

心を整えられて歩むこと

先週のチャペル・アワーは森田泰司先生(日本基督教団・新潟信濃町教会牧師)がご担当くださいました。森田先生は、「マタイ福音書」に記された主イエスの「思い悩むな」との言葉に込められた真意を丁寧に釈き明かしくださいました。神様は、私たちを自由を持つものとして創造してくださいましたが、私たちが思い悩むのもこの自由ゆえでもあるのです。大切なのは、その自由の中で、まずは神の国と神の義を求めてゆくこと。その求めに対して、必ずや神様は恵みをもって私たちの生を整えてくださると森田先生は教えてくださいました。引き続くアッセンブリ・アワーは、新発田を拠点に音楽療法の活動をなさっておられる大竹孔三先生(Sounding Joy JAPAN代表)のお話を伺う時間として持たれました。大竹先生は、地域社会に開かれる仕方でなさっておられる「音の間」という営みについて、具体例を挙げながら、楽しそうにご紹介くださいました。それは特別な取り決めなどなく、ゆったりとした雰囲気の中で、思いがけない出会いや出来事に彩られながら、その都度、至福のひと時が拡がってゆくようなセッション。ふらりと出かけてみたくなるような、そこにいるだけで心が整えられそうな、そんな素敵な集まりを心の中に思い描くことができました。(下田尾 治郎)

Ⅰ.チャペル・アワー 
説教 「悩むということ」 日本基督教団 新潟信濃町教会牧師 森田 泰司 先生

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講演 「地域✕音楽✕交流=?」 Sounding Joy JAPAN 代表 大竹 孔三 先生

<参加学生の感想>
感想1)本日のチャペル・アッセンブリ・アワーは、幾分か硬派にピシりと張りつめた空気をまといながら始まったように感じる。聖書の一部を引用した開幕にも慣れたころ合いで、この緊張は文字通り身を引き締める想いにさせてくれた。「マタイによる福音書6章25~34節」はやはり初見の文章であり、台詞で始まる説法もまた印象的であった。ただ内容についての理解は追い付かず、全体の趣旨も捉えるまで至らなかった。最後の「その日の苦労はその日だけで十分である」という一文は、忙しない最近の大学生活へストレートにぶち当たったように思う。森田先生の説教を通して感じたことは、聖書やキリストの言っていることは大体が現代に通用するという点である。毎回このような似た感想を出しているので、それが真理だという気はしてきた。悩むということは往々にして、人生に関わってくる要素であるため、森田先生の仰ったイエスの理念を現代に取り入れられる姿勢はこれまでのチャペル・アッセンブリ・アワーにも通じるところがある。
感想2)大竹先生の演奏は人の心に優しく寄り添うような、そんな感じの美しい音色でした。音楽というのは、言葉を使わないで他の誰かとつながれるものだと思っているので、音楽を使った取り組みはとても楽しそうだと考えました。自分自身もピアノを弾いているので、その人の気持ちが音色に出たり、誰かの心に響かせたりできるという話には共感しました。クラシックしか弾かないし弾けないので、音の間でどのような音が聞こえるのかあまり想像できませんでしたが、誰かと話して想いを通わせられる場があるのは楽しそうだと思います。誰かにピアノを聞かせる人=実力のある上手な人という認識がどうしてもあるので、そんなことを考えずにただ音楽に触れられるというのは本当にいいなと感じました。