チャペルのひびき

優しさを不可能とするものと闘うこと

先週のチャペル・アワーをご担当くださったのは、本学の「キリスト教と教育委員」のお一人として、チャペル・アッセンブリ・アワーを支えてくださる金耿昊先生(本学准教授)でした。先生はマタイ福音書11章に記された主イエスの「疲れた者、重荷を負う者は、誰でも私のもとに来なさい。休ませてあげよう。」との言葉をテキストに、そこから感じることのできる優しさこそが、キリスト教学校が大切にしなければならない基調音であることをお示しくださいました。重荷を抱えて生きてゆかざるを得ない私たちですが、そのような言葉を語ってくださる方(主イエス)のおられること。また、その方は、私たちの重荷を共に担ってくださる方であることを心に留めつつ、学びの環境を整えてゆくことの責任を感じます。その一方で、金先生は、主イエスが、そのような優しさを体現されると同時に、人々に重荷を負わせる社会に対しては厳しい批判を向けられた方であることにも、目を向けさせてくださいました。かかる批判力もまた、本学が一人ひとりの心に培ってゆかねばならない、大切な点であることも心に刻みたく思います。引き続くアッセンブリ・アワーでは、「新潟県原爆被害者の会」の事務局代表・西澤慶子先生(元敬和学園高等学校教諭)が、ご両親を始めとするご家族の被爆体験について、また被爆2世としてのご自身の歩んでこられた歩みについてお話しくださることを通して、原爆の恐ろしさと平和の尊さについて教えてくださいました。「戦争は弱き者たちから犠牲にしてゆく」と先生は語られましたが、その言葉は、「戦争は優しさを不可能にする」(大江健三郎)とのもう一つの言葉を思い起こさせます。平和を作ってゆくこと。それは、互いの弱さをいたわり合い、重荷を担い合うような優しさを不可能にする諸々のものと闘ってゆくことと同義なのかもしれません。(下田尾 治郎)

Ⅰ.チャペル・アワー 
説教 「重荷をおろして休み、そして学ぶ」 准教授 金 耿昊 先生

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講演 「両親の被爆体験と昨年からの活動で感じ、考えてきたこと」 新潟県原爆被害者の会 事務局代表 元敬和学園高等学校教諭 西澤 慶子 先生

<参加学生の感想>
感想1)マタイによる福音書で、悩みから一度離れて生き方を考える時間を持とうという励ましの言葉であるというお話が印象に残りました。私は、悩みがあり気分が落ちてしまったときに、一度その悩みから離れ別の事で気分を紛らわすことがあります。しかし、悩みから逃げたら解決にはつながらないと言われることもあります。悩みから逃げては良くないという思いもありましたが、聖書の言葉から、悩みから一度離れることも必要だと肯定されているように感じました。悩みから離れ、自分自身を見つめ直す機会にしたいです。
感想2)アッセンブリ・アワーでのお話で戦争の悲惨さについてあらためて知ることができました。助かった人もいれば、重傷を負った人、家が全壊した人、家族とはぐれてしまった人など多くの人が厳しい状況に置かれていたことを知り、二度と繰り返してはいけないできごとであり、忘れてはいけないできごとだと感じました。また、力の弱い人が一番傷ついているという話を聞いてなんてひどい話だと思いました。聞いているだけで心が痛み、泣きそうになりました。自分でも被爆体験者の方のお話を聞いたり、資料館にも訪れたりして、後世に伝えていきたいと思いました。何かできることはないか考えてしまいます。

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