2003年7月18日号
7月11日のチャペルで「くつを脱げ」を語った。モーセのあとを継いだヨシュアが、エリコを攻略したときのこと、抜き身の剣を手にした恐ろしい男が立ちはだかった。「ワァー、味方か、敵か」とヨシュアは叫んだ。男...
7月11日のチャペルで「くつを脱げ」を語った。モーセのあとを継いだヨシュアが、エリコを攻略したときのこと、抜き身の剣を手にした恐ろしい男が立ちはだかった。「ワァー、味方か、敵か」とヨシュアは叫んだ。男...
北垣前学長に勧められて、新発田ロータリー・クラブというものに入った。ロータリー・クラブの名は知らないではなかった。それは業界の偉い方がたのお集まりで、一種の仲良しクラブであり、教育・研究にたずさわる者...
6月21日(土)の午後には敬和学園高等学校の3年生のなかで、本学志望の生徒とその父母、約30名がこのキャンパスに来てくださいました。学長は(教務部長の山田教授や入試室の担当者とともに)、石川力先生に引...
アキノ夫人がフィリピン大統領として日本を訪れたのは、1986年11月のことでありました。宮中に招かれた折に、俳句を献呈しておられます。 “In pain and sorrow / I have nev...
学長というものは、旅に出ることの多い職務である。この春だけでも、東京は何度か。京都、大宮、西宮、その他を転々とした。その度に、ふだん読めない本を数冊カバンのなかにいれて歩く。この晩春に読んだ1冊に旧師...
この学園はキリスト教主義のリベラル・アーツ教育を主義として掲げてきた。「神に仕え、人に仕える」ことの意味を、実際の研究と教育の場で生かそうというのである。そして、与えられた人生に生きがいをみつけて歩む...
敗戦の詔勅を聞いたのは、山形県の鶴岡でした。盛夏の中学校の校庭に集められて、不動の姿勢で「玉音」に耳を傾けました。その後の昏迷のなかで、私は2冊の本を読みました。徳田球一の『獄中十八年』と尾崎秀実(ほ...
敬和学園大学が創設されて間もないころの航空写真が、学長室にかけてあります。樹木とよべるもののない、淋しいキャンパスです。それに比べれば、いまはだいぶ樹木が育っています。木をご寄付くださった方がたがいら...
学長に就任したあと、各地からお祝いが届きました。ある奥地からはお米が、ある山村からは卵が、などなど。お便りも数多くにのぼりました。「花春ノ佳候・ ・ ・ 就任ヲ衷心ヨリ悦ビイタシ 祝賀イタシマス。主恩...
2003年度新入生オリエンテーションが新発田より北の北蒲原郡黒川村の胎内(たいない)パークホテルで催されました。一泊二日の研修でした。初日は宗教部長延原時行氏の開会礼拝、新潟県社会福祉協議会・渡辺豊氏...