学長室だより

2023年度入学式式辞(金山愛子学長)

式辞を述べる金山学長

式辞を述べる金山学長

 

聖書
「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』(マタイによる福音書22章36-39節)

神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。(創世記1章31節)

新入生の皆さん、敬和学園大学へのご入学おめでとうございます。桜が満開の新発田の地で大学生活を始めようとされている皆さんを、教職員一同、心から歓迎いたします。これまで皆さんを支えてこられましたご家族や関係者の皆さまにお祝い申し上げます。大事なお子さまの教育を委ねられた責務の重さに身の引き締まる思いです。

敬和学園大学の名前は、先ほど読まれました聖書の言葉から取られています。キリスト教で最も重要な掟「神を愛し、隣人を愛す」を、敬和学園高校の太田俊雄初代校長が「神を敬い、人と和す」と日本的に表現し、「敬和」と名付けました。大学では、「神を敬い、人に仕える」という具体的な行為に置き換えて建学の精神とし、校歌でもそのように歌っています。皆さんは、一人ひとりの尊厳を大事にし、共に生きることに価値を置く大学で、真理を探究し、人間としてさらに大きく成長していくことになります。

敬和学園大学は人文学部を持つリベラルアーツ・カレッジです。人文学はもともと、哲学や歴史、文学など「人」が生み出したものを研究する学問分野で、本学では人文科学と社会科学の分野が統合されています。他方でリベラルアーツ教育には、2500年ほど前の古代ギリシアの「自由人が身につけるべき教養」という意味合いがあります。それは複数の学問分野を関連づけながら学ぶことで、偏見から解放されて精神が自由になるための市民教育で、真実と偽りを見極める認知的卓越性と善悪に関する人格的卓越性の涵養を目指しています。すなわち「よき人間性を養おう、それには正しく考えることだ。まわりの世界のことも人間の世界のことも知ることだ。人間とその文化にも親しもうではないか。」と古代ギリシア人は考えたのです。このように、リベラルアーツの学びは常にものごとを多面的に考えることを促します。直感や先入観を排除した思考の粘り強さと柔軟さ、視野の広さが問われているということです。それは偏った考え方にとらわれていないかを常にチェックする機能を自分の中に持つことでもあります。

「キリスト教教育」「地域貢献教育」「国際理解教育」を柱とする本学では、自然豊かで歴史のある新発田市、聖籠町、新潟県をフィールドに、「地球規模で考え、地域社会で実践する」人を育んでいます。この地に住む人々との交流を通して、この地の良さや課題を学び、活動します。多くの経験が皆さんを多文化共生の時代を生きるたくましい市民へと育ててくれることでしょう。アメリカの環境学者レイチェル・カーソンの言葉に次のようなものがあります。

鳥の渡り、潮の満ち干、春を待つ固い蕾のなかには、それ自体の美しさと同時に、象徴的な美と神秘がかくされています。自然がくりかえすリフレイン―夜の次に朝がきて、冬が去れば春になるという確かさ―のなかには、かぎりなくわたしたちをいやしてくれるなにかがあるのです。 (レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』)

秋になれば白鳥が渡って来て、冬になれば雪が降り、春先、雪が解け始めたころに白鳥は飛び去り、そして桜の季節がやってくる。この地に住む人間には当たり前の景色になっていますが、このような自然界の循環や繰り返しが人間に癒しを与えてくれるのは、人間もまた自然の一部だからでしょう。私たちの日常は繰り返しで満ちています。朝が来て夕が来て、春が来て夏が来る。葉が萌えいで新緑となり、花開き、実をつけ、落葉する。この循環する自然を神は「極めて良い」(創世記1章31節)と思われたのです。自然界以外にも、昔話の3回の繰り返し、線路のレールの継ぎ目で立てる電車のリズミカルな音、日々のルーティンとなっている習慣、このような繰り返しによる秩序が人を安心させるのだと思います。この自然の循環の中に私たち人類は後から加わるのですが、人間もやがて地に帰り、次の世代に席を譲ります。自然界の大きな時の流れの中で短い期間を生きる私たちには、この世界を良い形で次の世代に伝えるという責務があります。持続可能な開発目標(SDGs)の取り組みもその具体化と言えます。

日ごと、季節ごと、年ごとに繰り返す循環が鎖のようにつながって時の流れを作っていきます。その長い鎖の一つが「今」であり、私たちが生きる同時代ということになります。宇宙飛行士は外から地球を見て、はじめは自分の住んでいた大陸や国を探すといいます。しかし数日経つと、国境も何もない美しい青い水の惑星として地球を見るそうです。自分という小さな存在を広大な宇宙の中、悠久の時の流れに置くと、国籍や人種などといった狭い視点から自由になり、すべてを等しく受け入れようとする寛容で愛に満ちた眼差しを持てるようになるのでしょう。実際には今戦争が起きていて、子どもが学校に行けない状態が続いています。難民となって国を追われる人々がいます。毎晩空腹のまま眠りにつく人が8億人もいます。さらにコロナ禍では、差別が私たちの社会に現存することが明らかにされました。格差と分断。それが私たちの同時代史です。私たちの日常をズームインして見るとどうでしょうか?自分と人を比べて不安になったり、何かを始めたいと思っても行動力がなかったり、自分の人生なのに自分で決められなかったりする。でもあなただけが特別なのではありません。

少し前の世代の歴史を見ても、20世紀は「紛争と難民の時代」と言われます。民族全体が差別され、敵視され、大虐殺の憂き目を見た人々もいました。人類は同じ過ちを繰り返し、自然災害も頻繁に起きています。2011年の東日本大震災では、震災と福島第一原子力発電所の事故により、関連死を含めた犠牲者・行方不明者が2万2,000人以上、今なお故郷に戻れない避難者が3万人に上ります。しかしこの中で、希望をもって日々を生きている人々がいます。周りの人の助けになろうと奮闘してきた人々がいます。他の人の命を守るために、自分の命を捧げた人もいます。自分にはできなくても、こういう生き方があることを覚えておくこと、さらにそのような人々について知ることはできそうです。困難に遭った時に自分はどのような態度をとるかを考えることもできるでしょう。震災の年の2月にはニュージーランドのオークランドで大地震があり、日本人留学生が犠牲になりました。3月11日の大震災発生以降、世界各地から救援隊が東北に入りました。最も早く到着したグループの一つが、大災害に直面したばかりのニュージーランドの救援隊でした。トルコの救援隊は12年前、3週間にわたって救援活動に従事してくれました。あの年、世界各地から日本に応援が寄せられました。ネパールやウクライナ、中国、ブータンからも義援金や寄付品が贈られ、また国王の訪問によって励まされました。世界各国から応援に駆けつけてくれたのは日本が戦争を放棄することを憲法で明言し、さまざまな人道支援をしてきたからです。人に仕えること、愛を向けることで愛とリスペクトの循環が生まれるのです。

この分断と格差の難しい時代において人文社会科学の学びは、平和をつくり出していくことに真剣に取り組まなければなりません。平和は国家間の政治的な関係性だけではありません。文化や宗教の違う人々や年代の違う人々との融和、家族との協力、自分自身を受け入れること、自然環境との共生なども「平和」と言えます。あの宇宙飛行士の視点を忘れないでおきましょう。私たちの同時代史をより良いものにするために、よく学び、人に仕えることを通して愛とリスペクトが循環する平和をつくり出す存在になってほしいと思います。

皆さんはこの3年間新型コロナウイルス感染症のため、常にマスクをつけ、クラブ活動や行事も制限された生活を送ってきました。友達と大声で笑ったり歌ったりする何気ない日常が尊く思えたはずです。他方で、私たちはマスクの後ろに隠れていることに、ある種の心地よさを覚えることもあったかと思います。新型コロナウイルス感染症の終息を見すえて、自分を出すことを恐れないで人とコミュニケーションを取ることを学び直す必要があるかもしれません。無意識のうちに自分を閉じ込めていた枠組みから踏み出して人と出会い、新しい知識や考え方を得、誰かのために身体を動かし、あるいは自然に関わることを通して、平和をつくり出す第一歩を歩みだしてください。リベラルアーツの成果は「人」です。皆さん自身が敬和学園大学の教育の成果となります。「よき人間性」は皆さんの一生をかけての課題となることですが、この4年間がその基盤を形成すると私は考えています。卒業時には、4年後という時の流れの中で、どんな歩みができたかを一緒に振り返ることを楽しみにしています。新入生の皆さんとご家族の上に祝福をお祈りして、私の式辞といたします。

2023年4月6日
敬和学園大学長 金山愛子