学長室だより

『ふるさと』を感じるタイミング

新潟に赴任して30年になります。新潟が好きになりました。この地の風土や食物、お米や果物等の特産品、地酒のおいしさを知ったからです。しかし無意識のうちに、転勤族の気持ちを持ち続けていたように思います。よそ者という気持ちが抜けきれなかったことが原因でしょう。地元とのおつき合いが、物を通したものに狭められていたからです。
学部の同僚も地元の方は少なく、皆よそ者でした。指導を担当した学生たちも、地元の学生は珍しいくらいでした。車で一時間も走らせれば温泉が随所にあり、その土地の料理を味わうことができるのです。こんな豊かな土地は初めてでした。学会の仲間は、新潟に赴任したわたくしに、雪国で大変でしょうとよく声をかけてくれました。新潟市は違いますよと訂正するのですが、毎回同じように雪国で大変でしょうと言われるので、人の思い込みの強さにあきれると同時に、訂正しなくなりました。
新発田の大学に赴任しましたが、任期がありますから、転勤族の気持ちを抱いたまま着任したのは事実です。「ふるさと」を感じるようになったのは、何と言っても地元の人との出会いです。前任者から託されていたので新発田ロータリークラブに入会し、その一員となったのです。そこでの出会いが、よそ者でしかないという気持ちを一掃する結果になりました。職種は様々ですが、地元をこよなく愛し、働いている方々でした。彼らが仲間の一人として受け入れてくれたのです。(鈴木 佳秀)