学長室だより

2021年度後期入学式式辞

山田学長からの式辞

 

敬和学園大学ご入学おめでとうございます。はるかか遠くの南半球からまた十日町から、ようこそ本学にいらしてくださいました。ここに至るまでもさまざまなことがあったのではないかと思います。とりわけ、100年前のスペイン風邪以来の世界的なパンデミックの中で、行動の自由や移動の自由が制限される中で、ようこそ本学にいらしてくださいました。敬和学園大学は極めて小規模な大学で、他の大学と比べると極めて家庭的な大学です。今年で創立31年目となります。昨日前期卒業式が行われましたが、その卒業生を加えると4,555人の卒業生を送り出したことになります。

さて、大学の周りの田んぼでは今は美しく実ったコシヒカリの稲刈りが進んでいます。皆さんも敬和学園大学での学びで人生の宝となるような学びとかけがえのない友人と出会って実り豊かな生涯を送っていただきたいと思います。大学での学びが楽しくなるか、ならないかのポイントの1つは、大学での学びを「受動的(受け身)」の姿勢ではなく、「能動的」な姿勢で学んでいくことにあります。そうすると大学はおもしろいところになります。

どうしたら「能動的な姿勢を持つことができるのでしょうか。それはどんなことにも、問いを持つことです。問いにもいろいろあります。まず「いつ、だれが、どこで、何を、どうしたか」という問いがあります。これらの問いは何かを確かめる問い、すなわち「確認の問い」です。これらの問いとは違う問いがあります。それは「なぜ、どうして」という問いです。これを「探求の問い」と言います。皆さんに求めるのは「なぜ、どうして」という「探求の問い」です。「なぜ、どうして」という「探求の問い」によって、探し求めることが始まっていきます。それは自分が納得できる回答を得るまで続きます。

皆さんのご入学のお祝いに先ほど読んでいただいた聖書の言葉をお贈りします。これは有名なイエスの「山上の説教」の結びの「岩の上に家を建てた人と砂の上に家を建てた人」という例え話です。(マタイ7:24-27)

 「そこで私のこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。
  雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。
  私のこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。
  雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」

この例え話が語られたパレスティナは雨季と乾季がはっきりしており、乾季には川は水がなく平地との境がなくなり、そこが雨季になると川になるとは気づかなくなることがあります。このような川をワジと言います。賢い人は固い岩を土台にして手間暇をかけて入念に家を建てていきます。愚かな人は平らな砂地のようなところに土台も作らずに時間もかけず手軽に家を建てていきます。しばらくの間しかも乾季の天気がよい間は、どちらの家も快適に過ごすことができます。しかし、雨季に入り嵐がやってきて、現在の日本で言えば台風や線状降水帯のような激しい大雨がやってくると賢い人が岩の上に建てた家は壊れることなく立ち続けます。ワジの上に建てられた愚かな人の家はひどく壊れてしまいます。嵐はさまざま形の困難が突発的に起こることを象徴しています。

新発田市には新発田城という江戸時代からのお城があります。一部は最近復元した建物もありますが、石垣や大手門などは江戸時代からのものです。土台がしっかりとしている建物は何百年も続いて立ち続けることができます。皆さんも、賢い人のように敬和学園大学での学びが今後の人生のしっかりとした土台を築いていく学びとなり、ここで学んだ学びとここで出会った友人が人生の宝となりますように心からお祈りいたします。

2021年9月16日
敬和学園大学長 山田耕太