チャペルのひびき

神の声を聴き分ける耳を持つこと[2020-01-10]

チャペル・アワーは、昨年4月より日本基督教団新潟信濃町教会の牧師としてお働きになっておられる盛合尊至先生が、ヨハネ福音書10章に記された主イエスの言葉について釈き明かしをしてくださいました。今まで通用していた価値観がいとも簡単に崩壊してしまう激動の現代に生きる私たちであるからこそ、聖書の中から響きだす神の声を、また、そのいつの代にも変わることのない真実を聴き分ける耳を持つことが大切であると教えてくださいました。引き続くアッセンブリ・アワーは、学生HOPEの皆さんの司会のもと、学生ボランティア活動の報告の時として用いられました。荒木ゼミ、房ゼミ、趙ゼミのゼミ・ボランティアの働きが、各学科を代表して紹介された後、熊本、広島、長野の各被災地における支援活動についての報告がなされました。活動を一過性のものに終わらせることなく、持続的に粘り強く活動を続けてゆくために大切なこととは何かとの熟考がなされた、いずれもよい発表であったと思います。助けを必要とする方々の傍らに赴き、支援の手を差し伸べてゆくことは、聖書から聞こえてくる神の声に聞き従うことでもあります。これからも、学生HOPEを通じて、一人でも多くの学生が、敬和学園大学の掲げる一つの大切な旗としてのボランティア活動に参加してほしいと願います。学生たちのこれらの活動を日ごろよりご支援くださっておられる「国際ソロプチミスト新潟」の皆さまに心からの感謝をお捧げいたします。(下田尾 治郎)

Ⅰ.チャペル・アワー 
説教 「神の声を聴き分ける耳」 日本基督教団新潟信濃町教会牧師 盛合尊至 先生
20200110チャペル・アッセンブリ・アワー1

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講話 「ボランティア活動報告」 ボランティア委員会
20200110チャペル・アッセンブリ・アワー2

20200110チャペル・アッセンブリ・アワー3

20200110チャペル・アッセンブリ・アワー4

<参加学生の感想>
感想1) 盛合先生から「神の声を聴き分ける耳」というお話を聞きました。イエスは最初から認められていた訳ではなく、ユダヤ人はメシアである証拠を示せと言い、イエスの言葉を聞こうとはしなかった。それはユダヤ人が古い教えに忠実であり聴く耳を持たなかったからだと学んだ。イエスは「わたしは羊を知っている。」と言われたが、そこには私たちはイエスを知らなくてもいいのかということになる。実際に会ったこともない人についていけるかだが、それはとても危険なことです。しかし、イエスには聖書を通して心の中で会うことができる。今の時代、何が起こるかどうなるのか分かりません。しかし、神の声を聴き分ける耳を持てるようにと願うことが大切であることを盛合先生から教えていただきました。
感想2) 聖書は今から何千年か前の物語で、過去の生活やその規範について書かれたもので、その生き方を長い世代にわたって強いるものと思っていました。しかし、そのようなものでありながら、聖書は人々にこの世や人間の真理を伝えていることを盛合先生のお話を通して知りました。聖書に書かれ伝えられる真理はキリスト教を信じている人だけが知ればよいものだと思っていましたが、盛合先生の話を聞いて、既存の価値観が揺らぐような時代になった時にそれを乗り切るための考え方や行動を示していると感じた。
感想3) 各々のゼミで行ったボランティアについての報告を聞いました、特に、留学生との触れ合いで気づくことが多くあることが分かりました。また、ボランティアはとても大変ですが、積極的に取り組んでいくことが大切だと感じました。
感想4) 多くのゼミの発表を聞き、どのゼミも方針をしっかりと決めて楽しく学んでいることが感じられました。どのゼミも伝えたい内容を分かりやすく作られていました。ボランティアはやはりすばらしいと感じました。大変なことでもやり遂げることの大切さを学ぶことができました。

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