チャペルのひびき

このような時だからこそ  

2023年の最後のチャペル・アッセンブリ・アワーをKEIWA Choirの賛美に彩られつつ燭火礼拝として守りました。巷でもクリスマスは、イルミネーションの光に溢れた特別な季節ですが、キリスト教においてもクリスマスは光の到来を喜び祝う特別な季節です。暗きに灯されたろうそくの光に象徴されたその光とは、現実のつらさを一時(いっとき)の間だけ忘れさせてくれるようなイルミネーションの光のようなものではなく、闇深き現実のただ中に灯された神の愛の確かなしるしとしてのイエス・キリストの光であることを、ヨハネ福音書の冒頭の聖句をとおして覚えることがゆるされました。クリスマスは、厳しい現実に目を背けることなく、その中を歩み直す力を与えてくださる主イエスの光を心の内に迎え入れる時です。ルカ福音書からは、イエスが、ほとんどの人々の心の外に置かれるような仕方で誕生されたことを学びました。そのことをとおして、神さまの心の外に置かれる人は一人もいないことを、聖書は伝えているのです。クリスマスとは、御子をそのようにして私たちに与えてくださった神さまの心を覚えつつ、心の外に置いてしまっている人々を、もう一度、自分たちの心の内に置き直す季節なのです。
 2024年は、とてつもない悲しみと痛みと不安の中に始まりました。私たちの身近において、また世界を見回してみても、痛みと不安と悲嘆が満ち満ちています。しかし、このような時であるからこそ、「神、共にいましたもう」ことの証としてのイエスの光を心に受け止め直したく思います。私たちの近くにあって、また遠きにあって、命の危機に直面し、悲しみと不安のただ中に置かれている人々を、心の内に置き直しつつ。(下田尾 治郎) 

Ⅰ.チャペル・アワー 
説教 「光は闇の中に輝いている」 宗教部長 下田尾治郎 先生


Ⅱ. アッセンブリ・アワー
キリスト教音楽受講者によるコーラス KEIWA Choir

<参加学生の感想>
感想1)今日のクリスマス燭火礼拝は、私にとって初めての経験でした。暗い部屋の中、キャンドルの灯りがとてもきれいで、心が落ち着くようでした。このような状況で、いつもよりもキリスト教について改めて考えることができました。特に印象に残っているのは、下田尾先生のお話にあった「人間が神を喪失することはあっても、神は人間を喪失しない」という言葉です。人は神によって守られているということを感じとれます。また、さまざまな讃美歌を聞き、イエス誕生について、それが尊まれていることが分かりました。この授業をとおして、クリスマスに対する考えが少し変わりました。
感想2) 今までクリスマスと聞くと、イルミネーションだったり、ケーキを食べたり、サンタクロースからプレゼントをもらうといった事柄が思い浮かびます。ですが、下田尾先生のクリスマスメッセージを聞いて、クリスマスはイエスの存在を身近に感じ、イエスの温かい光を感じることができる貴重な機会だと思いました。確かに現実は時につらく、困難なことがありますが、今回のキャンドルサービスで与えられた燭火のように優しいイエスの光があれば、明日もがんばろうという気持ちになれます。また、讃美歌を聞いて、イエスが私たちと共に歩んでくださることを改めて知ることができました。それと同時に、明るい曲から落ち着いた曲まである讃美歌の美しさについて触れることができました。