学長室だより
2003年度入学式式辞(新井明学長)

式辞を述べる新井学長
北越の山辺にも、また平地にも、春がやってきました。この時、この所で、2003年度入学の皆さんをお迎えすることができましたことは、真に慶賀すべきことであり、喜びに堪えません。よくぞ、ここに来てくださいました。ご父母の皆さま、また新発田市の、また聖籠町の関係者の皆さま方、ご出席賜りまして、真にありがとう存じます。今、ここに、こうしてご一緒に「いる」ということは、我々に与えられた人生における偶然ではありません。何かこのことを必然とする力が働いているように思われます。
この敬和学園大学は1991年の創設以来、この4月で13年目に入ります。初代学長の北垣宗治先生は(今この壇上におられますが)、学園としては先輩格にあたる敬和学園高校の建学の精神を、よく継承し、「神を愛し、人を愛する」という精神を、大学レベルでも実践してゆこうとなさいました。
私は今春から、この地に来た者でありまして、その意味では、本年度入学の諸君と同じであります。まだ敬和学園全体のことは深くは分かってはいないと思うのですが、これまで長い間、北垣先生から学園についての書物、パンフレットの類いをお送りいただき続けてまいりましたので、だいたいのことは承知しているのではないかと思います。それにしましても、まず訪れたかった所の一つは、敬和学園高校でありまして、2月17日にその願いを果たしました。榎本榮次校長先生、小西二巳夫先生が待っていてくださいまして、高等学校の中をご案内くださいました。「敬神愛人」という言葉が目に入りました。「神を愛し、人を愛する」ということと同じであると思います。
実は先月7日の早朝、4時台のことであったと思います。大変いいお話がラジオから耳に入ってきました。愛の実践に関するお話でした。終わった時に、アナウンサーが太田敏雄氏の「神を敬い、人と和す」というお話の再放送でした、と言いました。私はNHKに問い合わせまして、それは元々1996年(平成8年)の12月13日の「こころの時代」という番組であり、対談相手は中村民男という牧師さんであることを確認いたしました。すでにお亡くなりになった、敬和学園高校の初代校長先生のお声を拝聴する機会に恵まれようとは、思ってもいませんでした。
実は本日、まず申し上げたかったことは、「神を愛する」という言葉の持つ重さに関してでした。日本が太平洋戦争に敗れたのは、もう58年前のことになりますが、そのころまでは日本は「天皇を中心とする神の国」でありました。その考え方で私などは育てられたのでした。それは敬和学園が標榜する「神を愛する」という言葉の意味するところとは、全く正反対の歩み方でありました。日本が戦争に敗れたということは、実は歴史的には、その日歴史的な考え方が敗れたということでした。その後の日本はその天皇中心主義の考え方を反省しつつ歩んでまいりました。この学園が「福音主義のキリスト教精神に基づいて、敬虔な思いと真理による自由と愛」とを持つ人物の育成を意図しているのは、そのような歴史的反省にかなった歩み方であります。
あの戦争で若い命が切り捨てられていきました。特に有為な文化系の青年たちが亡くなっていきました。皆さんは「戦没成年の手記」である「きけ わだつみのこえ」(岩波文庫)という本のことはご存知でしょうか。そこにその手記が収められている青年たちのほとんどが、文化系の学生なのです。いつでしたか、調べてみましてそのことを知りまして、愕然といたしました。戦争に「役立たない」(と誤解された)文化系の青年たちを黙殺する風潮が、日本を滅ぼしたとも言えるのです。「人間の学」を軽んずることは、国を滅ぼすのです。
皆さん、あなた方は文化系を重んずる学園に来てくださった。ここで、皆さんは「人間の学」のおもしろさを学んでいただきたい。それは諸君の将来を豊かにすること必定です。また日本という国に欠けているものを、人文学に学ぶ諸君が補ってくれることも、確かです。それは諸君個人のことに止まらず、この国、また世界に通ずる営為なのです。
最後に申し上げたいことは、ここが大事なのですが、「人間の学」を学ぶといっても、敬和学園大学の場合は、「神を愛し、人を愛する」という聖書の精神に基づく人格教育をめどとしています。ただし、私どもには皆さんをキリスト信徒に変えようなどという気持ち、そのような不遜な気持ちは、毛頭ありません。ただ、私どもは、皆さんに人類の古典としての聖書そのもの近づき、それを学んでいただきたい。「神を愛し、人を愛する」、つまり「神に仕え、人に仕える」という精神―従来のこの国の精神的風土に見られなかったこの精神―こそが、人に純粋に生きる意欲を与え、社会を改良してゆくエネルギーを培います。その精神こそが、今の混迷の世界をも救ってゆくのです。それは事実なのです。あなた方はその精神を理解する豊かなる「個」へと成長していっていただきたい。このことをここで4年を過ごす皆さんに体験していただきたいのです。
私と私の同僚教職員は、あなた方の目標で、あなた方と付き合ってゆきます。あなた方の目線で、あなた方一人ひとりの成長を、脇にあってお助けしていきたい。皆さんは、ここにいる4年の間に、よき師、よき友、よき書物に出会っていただきたい。それがあなた方の将来のための、間違いのない財産となります。またその財産がこの国の将来を豊かなものとすることでしょう。
以上をもって、入学式の式辞といたします。
2003年4月3日
敬和学園大学長 新井明









