学長室だより
2011年度卒業式式辞(鈴木佳秀学長)

2011年度卒業式での鈴木佳秀学長の式辞
本日の卒業式に臨んだ学生諸君の皆さん、おめでとうございます。学長として、お祝いの言葉を述べさせていただきます。
卒業式を迎えた皆さんにとって、この4年間は、長かったようで短く、あっという間に過ぎ去ったのではないでしょうか。短く感じるかもしれない、その敬和学園大学の4年間に、いったいどのような思い出が詰まっているでしょうか。
互いに共感を覚えたという、共有できる思い出もたくさんあることでしょう。思い出は、授業やサークルだけなく、アルバイトの思い出も、たくさんあるのではないでしょうか。さまざまな場所でさまざまな人と出会い、別れ、また、旅に出たり、コンサートを聴きに行ったり、デートをした人も、当然おられることでしょう。出会いや別れなど、一緒に時間を共有した全ての思い出は、皆さんの経験の中に蓄積されているはずです。一期一会という言葉がありますが、全ての人間は、出会いの思い出や、さまざまな経験を積み重ねることで、人間として成長していくのです。
ところで、皆さんが過ごしてこられた4年間の敬和学園大学での生活は、外の世界から分離された生活でなかったはずです。世界から孤立した空間で過ごした、4年間でなかったことは、申し上げるまでもありません。皆さんが卒業されるにあたり、この4年間に、地上の世界では何が起きていたか、ご記憶でしょうか。調べてみました。
皆さんは、2008年の4月に入学式を迎えたはずです。2008年5月には、四川で大地震がありました。またこのころ、食品偽装問題が世間を騒がせ、船場吉兆が廃業に追い込まれる事件がありました。ブランドとして名の通っていた一流企業の倫理が、これほど問われたことはありませんでした。この年の7月には、洞爺湖サミットが開催されましたが、iPhoneが発売になったのもこの時期でした。同じ年の8月には、北京オリンピックが開催され、9月にリーマンブラザースが破綻しています。これが原因で世界的な経済不況の連鎖が起こり、我が国でも当然ながら不景気に転じる要因となりました。皆さんに及ぼす影響は甚大でした。現在まで、就活氷河期の波は続いているからです。暗いニュースが続いたのですが、10月には日本人4人がノーベル賞を受賞し、国中が沸いたのをご記憶でしょうか。そしてその11月に、バラク・オバマ氏がアメリカ合衆国大統領に就任しました。合衆国の歴史で、初めて、黒人が大統領に選出されるという事実を前に、わたくしは深い感慨を覚えました。かつてマルチン・ルーサー・キング牧師が起こした、公民権運動のことを思い出したからです。それと同時に、そのキング牧師が暗殺されたことを思い浮かべたのは、わたくしだけではないと思います。新しい世界秩序が始まるという予感も与えられました。
2009年1月には、天皇陛下即位20周年記念行事が行われ、ワールドベースボールクラッシックで日本が二連覇を達成。
その3月に新井明先生が退任され、学長が交代しました。この年の5月から、裁判員制度がスタートしたのを覚えておられますか。足利事件の被告であった菅家さんが、DNA鑑定で無罪となったのは、その6月でした。イチロー選手が、9年連続200本安打の記録を達成したのは、この年の9月になってからでした。11月にはヤンキースの松井秀喜選手が、ワールドシリーズで優勝しMVPを獲得したのを記憶しておられると思います。
2010年5月には、上海万博が開催され、同じ月に、韓国の哨戒艇が魚雷で撃沈されるという事件が起こりました。6月には鳩山内閣が倒れ、菅内閣の時代となりました。そしてこの年の8月、チリの鉱山で起きた落盤事故で、地下深く生き埋めになった33人が無事に救出されるという事件が報じられ、奇跡のニュースが、世界中を駆け巡りました。9月には、尖閣湾で中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりをして衝突し、外交問題になり、新聞紙上を賑わせました。イチロー選手が、10年連続200本安打という、前人未踏の大記録を達成したのも、この9月でした。10月には日本人2人がノーベル賞を受賞しています。そして、羽田空港に国際線ターミナルが開設されたのも10月です。韓国のヨンピョンドと呼ばれる島(延坪島)に、北から砲撃があったのは11月でした。
2011年1月に、オーストラリアとブラジルに大洪水が発生し、多くの犠牲者が出ました。同じ1月に、チュニジアからジャスミン革命が始まり、瞬く間にイスラム圏に広がり始めました。アラブの春といわれたこの革命が、エジプト、リビアにおよび、民衆が立ち上がったのはこのころです。その2月には、ニュージーランドで地震の被害があり、語学学校の建物が倒壊し、日本から留学していた多くの方々が犠牲となる、痛ましい事件が起こりました。そして我が国では、3月11日午後2時46分に発生した地震によって、東日本大震災に見舞われました。大津波が押し寄せ、数多くの方々の生命が奪われました。家や財産、街そのものが押し流されてしまいました。そしてその直後に、福島第一原子力発電所では、原子炉建屋で水素爆発が発生し、放射能汚染が広がりました。多くの方々が避難生活を強いられるようになり、それは今も続いています。わたしたちが、政府高官や当該企業の関係者の言葉が信じられなくなったのも、忘れがたい思い出となりました。東日本大震災の直後、新潟・長野県境地震が発生し、新潟県では十日町が被害にあいました。3月11日の地震と連動しているといわれています。アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン氏が殺害され、アイスランドで火山が大噴火したのが、5月です。同じころ、ヨーロッパで債務問題が表面化し、EU諸国の金融危機が生まれました。ギリシア経済を救済する政策をめぐって、欧州諸国は対立し、世界経済は動揺しました。その年の9月、我が国では再び内閣が総辞職して交替し、野田内閣が組織されました。この秋に、日本列島は台風12号、15号に襲われ、大きな被害が出ました。そして10月には、タイの工業団地が洪水被害に見舞われ、有数の企業の営業所や工作機械等が、水面下に沈みました。アップルのスティーブ・ジョブズさんが亡くなられたのも、この10月でした。同じ月に、リビアのカダフィ大佐が殺害されています。その同じ10月には、トルコ東部で地震があり、派遣されていた救援隊員の日本人1人が、余震の被害に遭い亡くなりました。そして北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)氏が他界したのは、この12月でした。
2012年1月には、イタリア・トスカーナ州、ジリオ島の近海海上で貨客船コスタ・コンコルディア号が座礁し、転覆するという事故を起こしています。蛇足になりますが、スカイツリーが完成したのが、今年の2月末でした。もっと身近なところで起こったこととしては、昨年、聖籠町の町長が再任されたこと、また昨年の12月に、新発田市長が新しい方に決まり、就任されたこと、また、2011年3月に、敬和学園では、後宮俊夫理事長が退任され、4月に大宮溥理事長が就任されました。そして年末から今年にかけて、豪雪に見舞われたことも、付け加えるべきかもしれません。
このように、長々と一連の出来事を列挙してきましたが、政治に関わる出来事のほか、4年間という短い期間に、地震災害や洪水、豪雪被害等の自然災害を含め、実にさまざまな出来事が連続して起こっていたということは、大変な驚きです。しかし、それがわたくしたちを取り巻いている世界で起こった、現実の出来事であることは、申すまでもありません。皆さんが過ごした、敬和学園大学での4年間は、そうした意味では、決して平穏な毎日であったわけではありません。世界のニュースを耳にするたびに、皆さんは、テレビや新聞報道をとおして、いろいろなことを考えさせられてきたことと思います。世界で起こる出来事と共存して生きるという経験をしてこられたはずです。実際に、わたくしたちは、こうした世界の出来事と全く無縁のまま、一連のニュースから切り離されたまま、自分だけの閉ざされた生活を楽しむ、ということは許されなくなっているのです。
特に、昨年の3月11日に発生した東日本大震災の生々しい記憶を忘れることはできません。それは、皆さんにとっても悲しい思い出になることでしょう。しかし同時に、無数の人々が、誰かにいわれたわけでもないのに、自主的にボランティア活動に乗り出し、被災者を支え、被災地域の復興に力を貸そうと、立ち上がったことも事実でした。忘れられない思い出ですが、それは単なる思い出では終わらないはずですし、思い出で終わらせてはならないことです。一人の人間ができることは、限られています。しかしいたわりの思いや、被災者に寄り添って、共に生きようとする姿勢で、彼らの苦しみに、耳を傾けようとする人々が大勢与えられていることは、慰められる経験となったはずです。行政の方々も、被災者のことを覚えて、親身になって活動してこられました。こうした一連の経験が、この国を変えることになると思いましたし、この国は必ず変わると確信することができました。皆さんはいかがでしょう。
皆さんも、4年間に起こった敬和学園大学での自分の出来事を想起し、列挙してみることをお薦めしたいと思います。楽しい思い出だけでなく、悲しい思い出や、失敗の経験もあったことでしょう。忘れたいと思っている出来事もあるかもしれません。たとえそれがあったとしても、自分だけがどうしてこんな目に遭うのかと考えて、落ち込む必要はありません。期待どおりに展開しないで失敗することは、誰にでも起こることなのです。その負の遺産ともいうべき失敗の経験や悲しい思い出が、全く意味がないのかといえば、決して無意味ではないのです。無意味にしてしまうのは、経験した本人が、失敗の経験に、何の意義も見いだそうとしない場合です。ただ忘れればよい、と考えておられる人もいるかもしれませんが、失敗を成功に転換させる可能性の「種」が、そこには残されているのです。
たびたび、話題として取り上げていますが、世界的な記録を打ち立てたイチロー選手は、小さなミスを重視してきた人です。わたくしはある時、イチロー選手のインタビュー番組を見ていたことがあります。その番組を見ていて、大切なことを教えられたのです。その番組では、イチロー選手が、自分がバッターボックスに立った、ある一つの打席について語っていました。彼がまだオリックスの普通の外野手であったころのことです。その打席の結果は、平凡な一塁ゴロ・アウトでした。そのビデオ映像を見せながら、彼が解説をしていたのです。イチロー選手は、この打ち損ないこそが、決定的な打撃開眼につながったのだ、というのです。インタビューをしている記者も「えっ」と声を上げたぐらいです。イチロー選手は、自分のバットの握りやスタンスの取り方、タイミングの取り方を工夫しながら研究していたことは事実ですが、なぜ打ち損なったのか、その時に気づいたというのです。そこで彼は、次の打席からそれを修正して打ってみたら、クリーンヒットが打てたというのです。天才的といわれた、あの振り子打法に開眼し、どうすればヒットが打てるかを会得した経験について、彼が語っていたのです。そこに至るまで、彼が努力し探求していたからこそ、できた発見かもしれません。しかし、小さな失敗をとおして、つまり打ち損ないの経験をとおして、彼は偉大なことを学んだのです。自分の人生を立て直し、大きな仕事をする人に限って、小さな、日常的な失敗から、実は大きなことを学んでいるのではないでしょうか。わたくしは、皆さんに、イチローになれと勧めているのではありません。申し上げたいのは、小さな失敗から学ぶ姿勢が自分にあるかどうか、そこに大切な鍵があるということを強調したいだけなのです。
新約聖書の中に、それを暗示しているたとえ話があります。それは、マタイによる福音書13章31節から33節にあるたとえ話です。
「イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。『天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。』また別のたとえをお話になった。『天の国はパン種に似ている。女がこれを取って3サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。』
『天の国』についてのたとえ話として読まれていますが、『天の国』に入る方法について語っている話ではありません。『天の国』のたとえが、からし種が成長する、パン種が膨らむという言葉で言い表されています。小さな種のようなもの、それが畑に蒔かれ、あるいは小麦粉に混ぜられるならば、という前提で語られています。わたしたちの日常生活の中に見られる題材を使って、ある現象をたとえている話です。これは、天の国を求める心、主なる神を求める心、それを「種」とたとえていると思われるのですが、今日この席で、皆さまにこのたとえをご紹介したかったのは、理由がないわけではありません。4年間、敬和学園大学で生活し、さまざまな人と出会い、学び、多種多様な経験を積んでこられたこと、人生という大きな舞台では、それは小さな種でしかありません。しかし敬和での経験というその小さな種が、皆さんが社会人として生活を始めるとき、人間関係という畑の中に蒔かれると、それは大きく成長するというたとえとして読めるものだからです。社会という大きな器の中で、皆さんはいろいろな経験をなさることでしょう。仕事や同僚、仲間、上司や得意先といった環境という粉の中に、その種が混ぜ合わされると、敬和学園大学で積み重ねた経験という「種」が大きく膨らむ、というたとえとして読めるからです。その小さな「種」には、失敗の経験も含まれているでしょう。人生に味を付けるのも、この「種」です。その種には、大学の理念であるキリスト教の栄養分がたっぷりと含まれているはずです。そのことを申し上げたいと思った次第です。
誰ひとり例外なく、わたしたち人間は、失敗を経験し、思いどおりにならない出来事に遭遇しながら、経験を積み重ねるように生きています。もし、失敗や挫折を全く経験しないまま、少年から青年に、そして大人になったとすれば、どんな人間になるでしょうか。 失敗の原因を誰かのせいにして、社会が悪い、環境が悪い、あげくに親が悪いなどと言い出すこともあるかもしれません。でも社会は、そのような愚痴を聞いてくれません。そうではなく、失敗の経験を糧にして、どのように自分が変わることができるのかを考えましょう。自分と同じような失敗をしないよう、どうすれば、友だちにそれを伝えることできるでしょうか。それが、方向転換を実現させるものの考え方なのです。もちろん、うれしかったことや、思いどおり実現できたこと、達成できた喜びの「種」も必ずあったはずです。それも、誰かのために役立たせることができるなら、それはすばらしいことではないでしょうか。敬和学園大学で過ごした経験の中には、自分を変えることのできる「種」、充実した人生を送る可能性の「種」が残されているのです。それを信じていただきたいのです。それが敬和での学びなのです。
最後になりますが、どのような状況にあっても、自分に与えられた「からし種」を活かし、誰かのために生きる、誰かのために身を捧げるという心意気を失うことなく、どうか、力強く、生きてください。そのことが、あなたがたが社会の中で、大木に成長するきっかけになるはずです。
卒業生の皆さん、皆さんの未来に、主なる神の祝福が豊かに臨みますよう、祈ります。
2012年3月16日
敬和学園大学長 鈴木佳秀