学長室だより
「葬られた巨人」
今年の「文学」の授業テーマは「旅」で、私の担当回ではイギリス人作家カズオ・イシグロの『忘れられた巨人』(原題は「葬られた巨人」の意)という小説を紹介しました。村全体が集団健忘症に罹ったような状況にあって、老夫婦は記憶をすっかり失くしてしまう前に、家を出た息子を訪ねる旅に出ます。舞台はアーサー王亡き後の5,6世紀のイングランド。このころ、イングランドではブリトン人と新興勢力のサクソン人の間で激しい戦闘が繰り返され、緊張関係にありながらも戦いは沈静化していました。老夫婦は旅をする中で、記憶喪失の原因が竜の吐き出す霧にあることを知り、その竜を倒そうとしている人々に会い、また息子はすでに亡くなっていたことを思い出し、記憶を取り戻すことに恐れを感じるようになります。そして霧が晴れた時に自分たちの過去を思い出すことになりますが、忘却によって自分たちが癒されていたことにも気づきます。タイトルに出てくる「巨人」は実際に姿を現すことはありませんが、この物語やイシグロが集団レベルでもいつ忘れて、いつ記憶を取り戻すかが大事だと語ることから、巨人とはブリトン人とサクソン人の間で葬られていた戦いの火種であったと推測されます。80年前の戦争についても、うやむやにされて葬られていた多くのことがあったはずです。多くの人々の命を奪い、人々に耐えがたい苦痛と悲しみをもたらした戦争の現実は、解決されないままただ葬られているだけであることを思い出さなければなりません。現政権の戦時中に戻るような政策、平和を求める人々の口をつぐませようとする動きを見るにつけ、巨人の存在がリアルに感じられます。「文学」受講の学生さんの深みのあるコメントを読み、先日のキリスト教学校教育同盟総会での講演を聞いて、そんなことを考えています。(金山 愛子)

(左)カズオ・イシグロ著, 土屋政雄訳,『忘れられた巨人』、(右)The Buried Giant 洋書 Kazuo Ishiguro

図書館にある金山学長の授業のブックレポート指定図書










