学長室だより

2024年度前期卒業式式辞(金山愛子学長)

金山学長からの式辞


 

  イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。
  「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当に私の弟子である。
  あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」
  (ヨハネによる福音書8章31-32節)

  「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」イエスは言われた。
  「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。
  第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』」
  (マタイによる福音書22章36-39節)

本日卒業される皆さん、ご卒業おめでとうございます。皆さんは新型コロナウイルス感染症のパンデミックを経験し、入学式ができなかった学年もありました。留学生の中には、何年間も国に帰ることができなかった人もいましたし、学生生活にはさまざまな悩みや困難があったことと思います。そのため、卒業までにやや多めの時間を要した方もおられるでしょう。このような困難に耐えて、晴れて卒業式を迎えることができましたことに、心よりお祝いを申し上げます。これまで皆さんを支えてこられたご家族の喜びもひとしおと思います。改めてご卒業おめでとうございます。

敬和学園の掲げる教育の理想について一言お話しさせてください。そして、どのような学生生活を送ってこられたか、皆さんも一緒に考えてみてください。まず、敬和学園の「敬和」という名前は、「神を愛し、隣人を愛する」というキリスト教の最も重要な掟に由来しています。これを「神を敬い、人と和す」と言い換えて「敬和」とし、大学では「神を敬い、人に仕える」を建学の精神としています。神によって創られた「人はみな等しく尊い」とする人間観に基づいた「キリスト教教育」、そして「地域貢献教育」「国際理解教育」を柱に、本学では「実践するリベラルアーツ」教育を行っています。大学で得た知識や能力、自分自身の資質や時間を他者や地域のために用いて貢献する人を育てるというのが私たちの教育目標です。

それぞれの学科の学びでは、未知の分野の学問の奥深さを知ることもあったでしょうし、資格取得のためにがんばったこともあったでしょう。一つの事象についても複数の立場からの言説や考え方、解釈があり、偽りの情報も入り込んでいることを知ったと思います。その中で何が事実か、何が真実か、何が善かを見極め自分の考えを形作る必要があります。また、選択肢がいくつかある中で、何を選ぶのか、何を基準にして選ぶのかを考えなければならないこともあったでしょう。その過程で、自分自身の持つ偏見や社会の同調圧力をも認識しつつ、異なる意見に耳を傾ける開かれた態度、他者へのリスペクト、対話し事実を確認しながら答えを探し求めていく姿勢を学んだと思います。本学卒業生に求められる能力や姿勢に、「批判的思考」というものがあります。これは相手を批判したり論破したりする能力のことではありません。「待てよ」と立ち止まって考えることです。自分自身の考えでも、世の中の半数以上がこうだと考えることでも、権力者の言うことでも、それが正しいことなのか、人を幸せにすることなのかを吟味する力です。今日は、何を選ぶべきかを考える時の指標(ものさし)の一つに、長期思考という考え方を紹介したいと思います。今の時代は、速いこと、効率的であることが美徳とされ、若い人の間では「タイパ」(タイムパフォーマンス)が重要視されています。ある人類学者は「より長生きになったにもかかわらず、より短期思考になったことは、私たちの時代の大きな皮肉だ」と書いています。*ネット上では「いますぐ購入(Buy Now)」ボタンが表示され、今日の23時59分までに購入すれば40%引きというような広告が出てきます。こうして、明日まで判断を保留すれば買うことのないものもしばしば買うはめに陥ります。調べものをしようと思ってパソコンやスマートフォンを開いても、関係のないセールスや有名人の言動へとついつい誘導されてしまい、私たちは強い意志力を持っていないと、落ち着いてゆっくりものを調べたり考えたりすることから遠ざけられます。今の世の中は変化が急速かつ流動的で、専門家でさえ10年、20年先を見通すことが難しいともいわれます。しかし、短期思考で経済を最優先させ、その時代を満足させるためにやってきたことが気候変動などの巨大なカウンターパンチを現在と未来の世代に浴びせることになります。アメリカの先住民は7世代後のことまで考えるといいます。韓国では4世代前のご先祖のことまで毎年祀ります。このような長期思考が、変えてよいものと変えてはいけないものを教えてくれるでしょう。

リベラルアーツを学んだ皆さんには、その批判的思考の中に「長期思考」を取り入れていただきたいのです。卒業までに少し時間をかけられた皆さんであれば、急がないことの意味やよさを少し感じておられるかもしれません。これから人口減少を迎える日本のような社会では、「今」を益することだけを見ていたのでは、未来の世代に大変な負荷を与えてしまいます。樹齢100年の木を切れば、今年植えた木が同じ大きさになるまでに100年かかります。そしてこれからの100年は、これまでの100年に比べてずっと変化が速いため、まったく違った社会状況や問題を呈しているかもしれません。次の5年の計画を考える時に10年、20年先のことを想像してみること、自分の子どもや孫の世代にとってよいことかと思いを巡らせることで見えてくる事柄があります。長い目で考えることを意識することで、「今すぐ購入」ボタンに象徴される短期思考、人に考えることを許さない風潮から自由になれるでしょう。リベラルアーツはすぐに効果が出るものではありません。後からじわっと皆さんの人間性として出てくるものです。これが教養というものです。リベラルアーツ教育の本質は「よき人間性を養うこと。それには正しく考えること」です。リベラルアーツ教育は人間教育であり、その成果は卒業生一人ひとりです。今は分からなくても、卒業後にいつの日か理解できる問いもあります。見えていなかったものの本当の姿が見えるようになる瞬間が訪れるのです。

聖書は、「真理はあなた方を自由にする」と語ります。キリスト教の文脈で考えれば、その真理はイエス・キリストにつながり、それは隣人を愛する行為へと導きます。これから皆さんが旅立っていく社会は、人口減少、気候変動、戦争、民主主義の危機など、難問に満ちています。感染症の世界的流行や気候変動、軍事侵攻とそれに伴うエネルギー危機や食糧危機、ICTやAIの技術革新による社会やコミュニケーションのあり方の変化は、私たちがグローバル化、ボーダーレス化した世界に住んでいることを痛感させます。これからは多文化共生の時代です。他者と協力してよい社会を築いていってください。新しい時代を生きる皆さん。他者への愛、真理を求める姿勢を持った人間性豊かな人が今ほど求められる時はありません。まだ見ぬ人々、まだ知らない世界との出会いが皆さんを待っています。皆さんがこれからどんな仕事をするにしても、敬和の卒業生ですので、世界にも目を向けて、弱い立場にある人のことを考えられる良心的市民となられることを期待しています。

一度限りの自分の人生ですから、自分の頭で考えて生きてください。どうか「敬和」の意味する愛を忘れずに、自由に羽ばたいてください。そこによい変化や小さな平和が生まれます。皆さんの将来を聖書の詩人と共に祈ります。「どうか、主があなたを助けて 足がよろめかないようにし まどろむことなく見守ってくださるように」(詩編121編)。神さまの恵みによって皆さんの進む道が照らされ、祝福されますよう祈ります。以上をもちまして、本日卒業されます皆さんへのはなむけの言葉といたします。

2024年9月17日
敬和学園大学長 金山愛子

*ローマン・クルツナリック(2021)『グッド・アンセスター』あすなろ書房、10頁で引用されたメアリー・キャサリン・ベイトソンの言葉。長期思考、短期思考、「よき祖先」については本書を参照したことをお断り申し上げます。