学長室だより
「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に(マルコ12:13-17)」(2018. 11. 9. C. A. H.)
皆さん、おはようございます。ただ今読んでいただいたマルコ福音書12章13-17節は、新共同訳聖書では「皇帝への税金」という小見出しがついていますが、従来から「納税問答」や「カエサルのものはカエサルへ」と言われてきた個所です。ローマの皇帝は「カエサル」という固有名詞が普通名詞化して「カエサル(皇帝)」と呼ばれ、「アウグストゥス」という固有名詞が普通名詞化して「アウグストゥス(尊者)」とも呼ばれていました。
イエス時代のパレスティナの歴史的・政治的状況を簡単に説明します。イエスのパレスティナは、紀元前63年にローマの将軍ポンペイウスによって支配されて、ローマ帝国の属国になりました。ユダヤ人は自治を認められていましたが、重要な事柄はすべて、ローマ帝国の皇帝の名代である総督の支配下にありました。この状況は、日本に返還される以前のアメリカの支配下にあった沖縄に似ています。
ユダヤ人は従来からの収入の十分の一をエルサレムの神殿に収める神殿税の他に、ローマ帝国への税金、すなわち一人ずつ毎年収める人頭税やローマの街道の通行税などをローマ帝国に納めていました。ローマ帝国への税金は、ユダヤ人の「徴税人」が徴収していました。多くの民衆は、ユダヤの神殿税とローマ帝国の人頭税他を合わせると、収入の十分の三とか四を税金として納めなければならず、苦しい生活を強いられていました。
ユダヤ教の律法に厳格なファリサイ派やローマ帝国の親派ヘロデ派の人々が、純粋な気持ちからではなく、イエスを捕えようと悪意をもって質問をします(13節)。その悪意を覆い隠すかのように「真実な方」「だれをもはばからない方」「人々を分け隔てせず、真理に基づいて神の道を教えている」とイエスをたたえた後で、「皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか」と核心を突く質問をします(14節)。
これは難しい質問です。モーセの律法はローマ帝国に支配される状況は想定外で、律法には書いてなかったからです。イエスはこの質問には罠があることに気づきます(15節)。ファリサイ派の中から政治運動に傾倒して、正義のために武力行使を認めた「熱心党」は、反ローマ帝国運動の手段として納税拒否運動を展開していたからです。熱心党とイエスは同じガリラヤ地方で、同じ名称で全く内容が異なる「神の国運動」を展開していたのです。ローマ帝国への納税拒否をすれば、熱心党と同じテロリストとして捕えられることを見抜いたのです。
そこでイエスは意表をつくことを言います。「なぜ、(熱心党か否か、テロリストか否かと)私を試そうとするのか、デナリオン銀貨を持って来て見せなさい」(15節)。デナリオン銀貨とはローマの貨幣で、1デナリオンは1日の労賃に相当します。すなわち、最低賃金で換算すると約5千円程度、やや割のよい仕事で換算すると約1万円に相当する銀貨です。
「これは誰の肖像と銘か」「皇帝のものです」(16節)。ローマのデナリオン銀貨は、表面にその銀貨が製造された時の皇帝の肖像と銘が刻印されていました。ネロ時代の銀貨は「NERO CAESAR AVGVSTVS」(ネロ・皇帝・尊者。ラテン語では「U」は「V」で表記)と刻字され、ネロの横顔が刻印されていました。裏面にはたいてい正義の女神ユスティティアの像が刻まれ、ローマで鋳造されていました。パレスティナで鋳造された銀貨は稀ですが、裏面は砂漠に棕櫚の木の風景のものをロンドンのユダヤ博物館で見たことがあります。
イエスは最後に言います。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」(17節)。「皇帝のもの」とはローマ帝国への税金を指し、「神のもの」とはユダヤの神殿税を指しています。イエスは革命家でもテロリストでもなく、納税を勧めたのです。私たちも善良な市民として納税の義務を果たしていきましょう。(山田 耕太)