学長室だより

2023年度卒業式式辞(金山愛子学長)

式辞を述べる金山学長


 

だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。わたしたちの一時の軽い患難は、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます。わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。
(コリントの信徒への手紙二 4章16-18節)
 

卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。本日卒業される皆さんは新型コロナウイルス感染症のまん延に伴い、入学式ができなかった学年です。人との関わりや活動の制限が続く中での学生生活にはさまざまな苦労があったと思いますが、困難に耐えて、晴れて卒業式を迎えることができました。また、これまで支えてこられたご家族の皆さまの喜びもひとしおと思います。ご卒業をお喜び申し上げます。

卒業にあたって皆さんの大学での学びを振り返る前に、本来ならば入学式の時に聞いていただきたかった、敬和学園の掲げる教育の理想について一言お話させてください。そして、どのような学生生活を送ってこられたか、皆さんも一緒に考えてみてください。まず、敬和学園の「敬和」という名前は、「神を愛し、隣人を愛する」というキリスト教の最も重要な掟に由来しています。これを「神を敬い、人と和す」と言い換えて「敬和」とし、大学では「神を敬い、人に仕える」を建学の精神としています。神によって創られた「人はみな等しく尊い」とする人間観に基づいた「キリスト教教育」、そして「地域貢献教育」「国際理解教育」を柱に、本学では「実践するリベラルアーツ」教育を行っています。大学で得た知識や能力、自分自身の資質や時間を他者や地域と世界のために用いて貢献する人を育てるというのが私たちの教育の理想です。

それぞれの学科の学びでは、新しいことを学ぶ楽しさや豊かな知の世界に触れて心が躍ったことがあったかもしれません。語学を学んで外国語で交流できたり、文化の多様性について学びを深めたこともあったでしょう。教職課程や社会福祉士養成課程の学びをやり遂げた達成感もあるでしょう。さまざまな学問を関連づけながら人間のことも世界のことも学ぶことで、思い込みや偏見から解放され、何が事実か、何が真実か、何が善かを見極めて自分の考えを形作り、対話すること。そうしてよき人間性を養うこと。これがリベラルアーツ教育の本質です。今は分からなくても、卒業後に理解できる問いもあります。見えていなかったものの本当の姿が見えるようになる瞬間が訪れるのです。

さらには、そのような学びは「地域貢献教育」や「国際理解教育」を通して具体化し、アクションを起こす力へと育ちます。皆さんが携わった地域活動や国際交流は、経験知と人間力を高めるだけでなく自分自身を知るのに役立ったことでしょう。ここ聖籠町や新発田市でのサービスラーニングやボランティア活動の数々は名前をあげればきりがないほどです。子どもたちに英語を教える活動や外国籍の子どもたちへの支援、まちづくりと防災、農福連携、映像制作による地域の魅力発信やラジオ番組制作、文学による地域振興、フードバンクと連携した支援、異文化・異世代交流の場づくり、環境保護活動など、活動領域は新潟県内にとどまらず、北海道から沖縄まで、そして海外へと広がりました。海外研修や留学では新たな世界観を得ることができたことでしょう。他にも、学生寮「向山寮」での共同生活は文字どおり他者と共に生きることを学ぶ機会となったと思います。スポーツで全国相手に戦うために身を削って精進してきた人もいます。皆さんはよくがんばりました。このような経験は皆さんの血となり、肉となり、その言葉や人格に厚みを増していくはずです。

これから皆さんが旅立っていく社会は、人口減少、自然災害、戦争、民主主義の危機など、難問に満ちています。感染症の世界的流行や気候変動、軍事侵攻とそれに伴うエネルギー危機や食糧危機、ICTやAIの技術革新による仕事やコミュニケーションのあり方の変化は、私たちがグローバル化、ボーダーレス化した世界に住んでいることを痛感させます。これからは、さまざまな背景を持った、考え方の異なる人々と仕事をすることも増えていくでしょう。多文化共生の時代です。新しい時代を生きる皆さん。他者への愛とリスペクト、真理を求める姿勢を持った人間性豊かな人が今ほど求められる時はありません。まだ見ぬ人々、まだ知らない世界との出会いが皆さんを待っています。どうか「敬和」の意味する愛を忘れずに、よい変化をもたらす力となってください。そこに小さな平和が生まれていきます。

中村哲さんという医師のことはご存知の方も多いでしょう。彼はアフガニスタンで銃弾に倒れてしまいましたが、パキスタンの病院からの派遣要請に対して名乗りを上げてハンセン病診療にあたり、その後30年間アフガニスタンで医療活動に従事した方です。そこで汚染された水を飲んで亡くなる乳幼児が多いことを知り、中村さんは診療所に来ることができるわずかな人を治療するよりも、井戸を掘ってきれいな水が飲めるようにした方が多くの人を救えると考え、井戸を掘り始めます。医師でありながら土木作業員のように自ら井戸にロープを伝って降り、1600本の井戸を掘ります。自ら重機を操縦し、25キロに及ぶ水路を拓き、砂漠を沃野に変えました。こうして10万人、20万人の命を救ったのです。医師でありながら土木作業に関わる。一見何の関わりもないことのように見えますが、このような形で中村医師はご自分に課せられた「人の命を守る」という使命を果たすことができたのでした。彼の「外なる人」である肉体は地に落ちましたが、その生涯は今生きている多くの人の命につながっています。
 
人生は決断と選択の連続です。特にコロナ禍のもと、限られた選択肢の中から決断を迫られることが少なくなかったように思います。私たちは選択を迫られる時、好みややりがい、使命感、人の助言、周囲の動きなど、さまざまな理由で選択をしますが、一つの選択をすれば、次の選択の幅はさらに狭まります。一つひとつの選択が人生の方向づけをするのであれば、皆さんには、大きな決断をする時には自分と向き合い、自分の魂が本当に望む道あるいは自分で納得できる道を選び取っていただきたいのです。世間体や同調圧力から解放された、自由な人となって自分の人生を生きてください。すべてが思い通りにならなくても、自分で決めたことに意味があるのです。一度限りの人生ですから、自分の頭で考えて生きてください。しかし、自分で決めたことでも間違ってしまうこともあるでしょう。どんなに打ちのめされても砕かれても、それでも生きている限り、人生はやり直しが効きます。リベラルアーツ教育は、立ち直る力も養っているはずです。

このように、本学の教育の成果は卒業生一人ひとりであり、その答えは未来に託されます。皆さんが特に困難にある時、「どうか、主があなたを助けて 足がよろめかないようにし まどろむことなく見守ってくださるように」(詩編121編)。キリストの希望の光によって皆さんの進む道が照らされ、その人生が祝福されますよう祈ります。以上をもちまして、敬和学園大学30回目の春の卒業式に卒業される皆さんへの、はなむけの言葉といたします。卒業おめでとうございます。

2024年3月21日
敬和学園大学長 金山 愛子