学長室だより

ところで辞書は何をお使いですか?

大学の周りの田んぼも黄金色の稲穂の刈入れがだいぶ進んできました。今夏の猛暑と雨不足で心配していましたが、9月の雨で品質はだいぶ回復したようです。さて、皆さんはどんな辞書を使っているのでしょうか?英語を例にとってみますが、私が学生のころは辞書の種類が少なく、留学中も姉が買ってくれた研究社の中辞典とLongman社の英英辞典を使っていました。今のような学習辞典がもっとあればよかったのにと思います。以前は英語の授業で、大修館書店の『ジーニアス』や小学館の『プログレッシブ』など、それぞれの辞書の特徴や辞書の選び方などお話ししたものです。それが電子辞書の出現により、小さな装置の中に複数の辞書が入るようになったのは画期的だと思いました。ただ、紙辞書を使っている時に、探し当てた単語だけでなく、その周りにある意図しなかった情報から得られるものも多く、その機会が失われたことを残念に思いました。大きな辞書ですが、『新英和活用大辞典』(研究社)は名詞にはどんな形容詞が結びつくのか、動詞にはどんな前置詞が結びつくのか等、多くの例文を例示したもので、電子辞書にもこれが入っているものがあり、教職課程の学生さんには薦めていました。例えば、日本語で「雨」ひとつをとっても「大雨」「豪雨」「こぬか雨」というように、さまざまな形容詞がつきます。でも「重雨」とは言いません。英語では、big rainではなく、heavy rainと言います。このような語と語のつながり・用法を学ぶのに最適な辞書で、辞書の校正や翻訳等には助けを借りながらも、一人で例文を採集した辞書編集者勝俣氏に拍手を贈りたいと思います。
先日家人と「旅」を表す英単語について話していました。travel, trip, tour, journeyなどたくさんありますが、travelは古フランス語のtravail(「労働」「苦役」「出産」の意)から来た言葉で、旅とは苦労を伴うものであることがわかります。journeyもjour(「一日」)から来た言葉で「一日の仕事、旅」の意となり、もともと一日の道中であったことがわかります。これらをOED『オックスフォード英語辞典』全20巻で調べてみたらと勧めたら、「旅」の意味でのjourneyは13世紀初めが初出の言葉だそうで、それは十字軍遠征で一日にどれほど進めるかが分かってできた言葉ではないかと教えてくれました。OEDは1857年から編さんが始まり、オンライン版も出ていますが、現在第3版の作業が進行中のようです。
中学高校のころは、使い込まれた辞書を持っていることがカッコいいと思われていて、男子生徒などは、わざわざ辞書の一枚一枚をくしゃくしゃにしていました。今ではスマホのアプリで簡単に言葉の意味だけでなく、外国語の作文もできてしまうことを考えると隔世の感がありますが、言葉に潜む奥深さを知るには辞書が欠かせませんね。最後にもう一言。ギリシャ語を学んでいた時に友としていたGreek-English Lexiconは、編さん者の名前をとって、Liddell and Scottと呼んでいました。そのリデル先生が、『不思議の国のアリス』のアリスの父親で、オックスフォード大学の颯爽とした学寮長であったことは、だいぶ後になって知ったことでした。(金山 愛子)

OED『オックスフォード英語辞典』