学長室だより
年頭の願い
新春にあたり、皆さまにとって幸せな一年と世界の平和をお祈り申し上げます。
少し休むと習慣化されたことを見直す機会になりますね。社会がスピードと効率、利益を追求する中、私たちは、目まぐるしいほど速い、どこへ向かおうとしているのかも分からない激流に身を置いているような気持ちになります。そして、自分は本来何を望み、何をしているのが楽しいのかが分からなくなり、自分のよさや強さが侵食され弱まっているように感じることはないでしょうか。自分らしい生き方を探すには、他者のことを思いやるには、何か創造的なことをするには、心の余裕とゆっくり考える時間が必要です。そしてゆっくり考えるには、たくさんのことばが必要です。しかし現実には、大人も子どもも次々と押し寄せるタスク(課題)を前にして、こなすこと、あてがわれたテンプレート(ひな形)に乗ってモノを考えたり書いたりすることが求められ、考えるのは面倒だからAIに任せてしまおう、ということもあります。定型の文書ならそれもあるでしょうが、自分はどこにいるのか、自分らしさはどこにあるのかを見失う危険もあります。『1984年』の作者ジョージ・オーウェルは、「人はうまく書くことができなければ、うまく考えることができない。そしてうまく考えることができなければ、他の人が代わりに考えてくれるだろう。」という恐ろしい言葉を残しています。彼の書いた近未来が近づいているような気持ちになります。
リベラルアーツ教育は、当たり前を疑うこと、自分自身の問いを持つこと、分野の異なる学問により得た知識を融合させて多角的に考えることを教育の基盤に据えます。その過程で自分を生きづらくさせている事柄の名前を見いだし、知らなかったことばの定義や奥行きを知る経験もするでしょう。これはゆっくり流れる時間の中でなければ達成できないことです。猛スピードで進むのではなく自分の足で歩いて、時々立ち止まって景色を見たり、考えごとをしたり、ボーッとしたいという心の声を聞き、自分のことばで考え、自分らしい生き方という自分の物語を紡ぎたいという人間本来の望みに時々は正直でありたいと思います。皆さまの願いが叶う年となりますように。(金山 愛子)